柳亭小痴楽の落語

若手真打として活躍する、柳亭小痴楽さん。五代目柳亭痴楽の次男として生まれ、16歳のときに入門。今回撮影させてもらった新宿末廣亭をはじめ、日々さまざまな寄席で芸を披露している。「古典落語というのは、皆それぞれ、覚え方が違うんです。師匠や先輩の録音を何百回も繰り返し聞いて、耳で覚える人もいれば、ひたすら書いて字で覚える人もいる。自分はずっと書いて覚えるなと言われてきたのですが、忘れないために一応書くようにもしていて。だから、原稿用紙と万年筆は常に持ち歩いています。あと、よく高座で暴言をはくので、上がる前には感謝の気持ちを込めて一礼したりもしていますね(笑)」。長谷川は以前、落語家や芸人の皆さんが集まる飲み会に参加して小痴楽さんと飲んだことがあるそう。その夜の楽しすぎた記憶が、今でも忘れられないという。


文/柳亭小痴楽(落語家)

私の仕事「落語家」という商売は、着物を着て座布団に座っておしゃべりをする…こちらがしゃべっていることをお客さんが聴いて想像して笑ってくれる、それだけである。本当に手間のかからない仕事である。というのも、着物を着て扇子と手ぬぐいを持つ、あとは座布団一つさえあれば、どこに居てもどんな時でも仕事になるのだ。

そんな私にとってのひと手間。それは気持ちの持ち様、意識の部分。ひと言で言えば“感謝”の気持ちをどこまで持てるか。どこぞのアイドルのきれい事のように聞こえてしまうが、この気持ち一つで芸には大きな違いが生まれると信じている。人間国宝でもあられた五代目の柳家小さん師匠は生前「芸は人なり」と仰っていたというが、今まさに私は、その言葉を実感している。この“感謝”の気持ちは、もちろん、忙しい時間を縫って会場まで足を運び、お金を払って笑ってくれるお客さんに対してのもの。しかし、それだけではなく私を育ててくれた師匠、可愛がってくれる先輩師匠方、同期、後輩、お仕事をくれる方々、お付き合いのある方々、はたまた産んでくれた親、家族、友達、私と関わりのある全ての人への感謝である。それを学んだのは18歳の頃、私は落語家の前座修業中だった。しくじりが多く破門宣告を何度も言い渡されたが、その度に周りに居る皆が助けてくれ今の今までどうにか首の皮一枚繫いでもらっている。その時私は、一人で生きているのではなく、生かしてもらっているんだ、という意識の変化があった。今、落語をやって生きられているのは決して当たり前のことなんかじゃない。その覚悟をしっかり腹に持って高座に上がることによって、落語の登場人物同士の関係性やその人物から発せられる洒落や生意気にも温かみが出る。そして私も然り、マクラでしゃべるブラックジョークや失礼にも洒落っ気が出て、それがお客さんにも伝わり笑いとして許してくれているんだと思う。多様性と言いつつ、人の考えを理解出来にくくなっているように感じる世知辛い昨今。落語の中にある人情味や温かさを感じて感謝の恩義を忘れずにいることがとても大事なんじゃないだろうか。日々生きることは、どこか当たり前に感じてしまうが、その中にひと手間の意識をしていると、毎日が楽しく生きられるのだ。