思い出してみると、僕が音楽と服との関係に気付き始めたのは高校1年生くらいの頃だったと思う。当時のカレッジファッションの主流はIVY。もっといえばVAN真っ盛り。そして音楽はといえば、アコースティックギターを持ち寄ってカレッジフォークをやるというのが王道だったように思う。僕も例に漏れず、マーチンのまがい品みたいなギターを1万数千円で買い、クラスメイトとザ・キングストン・トリオのコピーバンドをやっていた。ボタンダウンシャツにコットンパンツ、コインローファーかデザートブーツに白いソックスというのはお決まりみたいなもので、多くは武道館で開催されていた年1のVANファミリーセールで買ったものだった。その後、勉強に集中したいからと周りからメンバーがいなくなり、気付いたら今度はブルーグラスミュージックのバンドに誘われていた。僕は安いマンドリンを買って参加した。しかし、ボタンダウンシャツにローファーという出で立ちがどうにもブルーグラスには合わない。音楽に説得力が出ないというか、やっていてしらけるのである。そこからはウェスタンシャツ、ウェスタンブーツを探す旅が始まった。シャツの方は原宿竹下口の目の前にあった「ハラダ」という店で1500円のテトロン(!)製のものを見つけ、ブーツは横田基地沿いにあっ
た「タイガー靴店」で「LIFE」だか「VOGUE」だかを参考にしながら素材やデザインを決めて作ってもらった。オートクチュールをかました僕は意気揚々である。いまだにボタンダウンシャツを着ている連中がダサく見えた。まだそんなものを着ているのか…。

やがてキングストン・トリオは解散し、僕が主にコピーをしていたメンバーのジョン・スチュワートがカントリーミュージックに傾いていったのを横目に見ながら、自分は正しい進化をしてる、と自信を持ったことを覚えている。今思えば、それは進化ではなく、音楽には合ったファッションがあったというだけの話である。

あれから50年以上の年月が経つ。気が付けば僕がコピーするバンドはいなくなっていた。

知らないうちにコピーされる側になっていたのだろうか。そう思うと変な気持ちだ。そして僕は何だかいろいろな服を買っていた。でも節操もなくいろいろと買うのではなく、そのときそのときに買いたい服の傾向があったのは確かだ。いわゆるマイブームという奴だ。マイブームは決して頑固なものではない。とてもチャラい。いつもどこか新しいものを探している自分がいる。歳とともに痛い年寄りに見えているはずだ。でもそれでいいと思っている。なぜなら、音楽で新しいことをやりたいなら、服もそれに合ったものがいいに決まっているし、新しいものにはお手本がまだないわけだから。

でも最近、会う人会う人に「痩せたね~。ジャケットがブカブカじゃない。大丈夫?」なんて言われる。その度に、これはビッグシルエットなんだから、などと説明するのが面倒になってきているのも確かだ。


写真・文/松任谷正隆(音楽プロデューサー)
音楽プロデューサー。説明するまでもなく、松任谷由実さんが荒井由実名義でデビューした当時から現在まで、すべてをプロデュースしてきた名プロデューサーであり、アレンジャーでもあり、作曲家。音楽はもちろん、自動車、駅伝、写真、洋服まで多岐にわたり、造詣が深い。