世の中には安価なモノと、高価なモノがある。でも、大事なのは値段じゃない。本当に価値があるかどうかだ。そこを見極めるためには、審美眼が必要。だから美術館へ行き、ホンモノを見たほうがいいと白洲正子は言ったという。内容を見極めないでモノを買うと、無駄なモノが家に増えると思う。僕の場合、そうして手に入れたものにはたいてい、愛が湧かないから、どこでいつ買ったのかをまったく思い出せないことが多い。でも、このハイスピードな時代においては、それが安価で大量生産されたものであれば、どこでも買えることが多いから、探す時間を短縮できていい。時間を買っているようなモノだ。
そういう意味では、人が時間をかけて丁寧に作るモノも同じだ。少なくともその時間分の価値がある。スピードが絶対となりつつある今の社会だからこそ、それは尊い。さらにその作り手の技術も加わると、絶対に誰も真似できない仕事になると思う。どこかに足を運ばなければ手に入らないモノだとすれば、ますます、その思い出は記憶に残り、クロゼットに置かれても永遠に価値をもつ。なぜなら、服とは思い出を着ているようなものでもあるから。
これはアメリカのワークウェアブランドであるカーハートのジャケット。この前、ブルックリンのお気に入りのワークウェアを扱う店で買った。よく見たらアメリカ製だったが、超大量生産の服だ。日本に住む自分の個人的な見解としては、日本製のプロダクトの魅力は職人の丁寧さが見えたときに発揮され、アメリカ製のそれは超大量生産で雑な雰囲気で作られた洋服に出ると思う。雑ゆえの味があったり、さまざまな体型のアメリカ人にフィットさせようとするからか、サイズ感がなんかおかしい。でもそれがアメリカ社会の縮図であり、ホンモノだ。今ではアメリカ製は少ないだろうけど、似たようなモノは国内のどこでも売っているだろう。でも日本にいたら買いに行くのに高い旅費がかかる。すぐに買いに行けない服だから、すごく価値を感じてしまう。遠い距離こそが生む価値でもある。モノは思い入れさえあれば、永遠にクロゼットで輝き続けるのだ。
文/長谷川昭雄
ワークウェアはガンガン洗って乾燥機にまで入れてこそ魅力が増す。こんなモノをクリーニングに出したらダメだ。アメリカンブランドは、日本の手仕事とは真逆であるからこそ価値がある。