生産拠点のブランド化!
関さば、神戸牛、夕張メロンなど生産拠点がブランド化するトレンドは、ギザ綿や新疆(しんきょう)綿、内モンゴル産カシミヤ、岡山デニムなどを筆頭にファッション業界にもあてはまる。大阪府に本社を置く(株)デサントの子会社、デサントアパレル(株)の工場として岩手県の旧・水沢市(現・奥州市)に1970年に設立された水沢工場は、一昨年の5月の地鎮祭から約1年と2カ月を経て建て替え工事が完了。昨年の7月1日(火)より稼働を開始した。
世界に誇るスポーツブランド「DESCENTE(デサント)」の冬期主軸商品「水沢ダウン」の生産拠点が、約30億円を投じてリニューアルしたのだ。しかも高い従業員満足度から、“最も働きたい工場”として、地元の奥州市民から熱視線を浴びている。
この新しい水沢工場のプレスツアーに編集部員の北條が参加。ダウンウェアの一貫生産体制と、その作り手にリスペクトを払う社内環境など、「水沢ダウン」が生まれる“ゼロ地点”を見学取材した。
北條:気分は「プロジェクトX ~挑戦者たち〜」。ダウンジャケット界のホームラン王、「水沢ダウン」は質も高いし価格も高い、しかも従業員満足度も高い。その理由(ワケ)に迫ります。つばめよ、地上の星は、今、水沢にあるのだろう…。
半世紀以上もの間、水沢工場の拠点となっている岩手県奥州市胆沢小山(おうしゅうしいさわおやま)は県庁所在地の盛岡市から南へ約70キロの距離にある。最寄りは水沢江刺(みずさわえさし)駅だ。
Check Point(その1):屋根が三角形である理由
まずは水沢工場の外観から。
北條:ギザギザカット。連続する三角形の屋根のインスピレーション源は「木造の蔵」です。
三角形の角部分、天井の所々が尖っている天井高が内部に自然で快適な空気の動きを作り、高窓から建物の隅々に自然の光を届けてくれる。最新の建築技術が注入されているにもかかわらず、懐かしみのある三角屋根が日本三大散居(さんきょ)集落に数えられる胆沢小山地区の原風景と調和する。
Check Point(その2):エントランスは工場の“顔”
エントランスを抜けたスペースには、「DESCENTE ALLTERRAIN(デサントオルテライン)」の象徴的なアイテムである「水沢ダウン」、「MOUNTAINEER(マウンテニア)」のパターンボードが飾られていた。
北條:これはSサイズの分解図ですが、Mになるとこの壁一面ではカバーできないそうです。
壁面に掲げられた「163・94・280・50」の数字の意味は、「1着の製造には163パーツ・94種の素材・280工程・50人の作業員が必要」ということ。比較例として、ウインドブレーカーの製造には約70工程が必要とのこと。実に4倍の規模だ。
こちらが大人男子の憧れアウター、「水沢ダウン」の「マウンテニア」だ。価格は143,000円(税込)で、同じシリーズには最新の「90周年モデル(¥165,000)」と「オーバーサイズマウンテニア(¥154,000)」のバリエーションがある。壁面で公開された163のパーツをトレースするとダウンの容れ物はできる。だが、“魂(ダウン)”までは封入されない。水沢工場がすべてを詳らかにするスタンスは、高いスキルへの自信の表れなのだ。
北條:「水沢君、試験勉強した?」「うん。したよ」と謙遜せずに100点を取るマインド!
Check Point(その3):精神が清められる食堂・休憩室
さあ、工場内部へと進もう。
新工場の床面積は旧工場の1.5倍、5,098平方メートル。旧工場で8棟に分かれていた部署割を“1棟・1フロア”に集約し、材料の入荷から最終の出荷を担う部署を、生産工程の流れに沿ったコの字型に設置。具体的には、入出荷のプラットフォームを「①原反や副資材の入荷用」「②ダウン(羽毛)の入荷用」「③製品の出荷用」と、機能別に3箇所を明確に設置して、作業導線を最短に抑えているのだ。
北條:ここで、働かせてくださーい!
また、従業員の作業効率を高めつつ、モノ作りに専念できる工夫が工場内の随所に凝らされている。食堂や休憩室はなだらかな曲線を描くテーブルがチームワークの有機的な繋がりを促進。歓談席のほか、一人の時間を過ごせる席もある。
子どもがいる従業員へのケアも万全。他人の目を気にせず話せる「PHONE BOOTH」は学校や習い事からの急な連絡に便利。最近では大手美容室にも設けられている、退勤時に服についた糸くずやダウンを取り除く「エアシャワー室」も備え、女性用の化粧室も増設。快適な職場環境を追求している。
北條:従業員の約9割が女性とのこと。1割の男性のほうが気になります。地域密着型の水沢工場の従業員(2025年12月時点)118人のうち、県外からの異動人員は工場長ただ1人。
工場の本丸である作業場。門外不出の企業秘密だらけなので、遠方からの撮影のみが許されている。ここで、2008-09年秋冬に初めて製品化された「水沢ダウン」の歴史を振り返ってみよう。
北條:それは、ダウンの最大の弱点である「水」との戦いの歴史でもありました。
水鳥から採取される羽毛(ダウン)は軽くて強い弾性を特徴とし、綿毛の間に空気を溜め込むという自然由来のメカニズムが暖かさの秘密である。しかし、水に濡れると小さく縮んで保温性が保てないという弱点があった。そこで、従来の製法では羽毛を詰めた生地をミシンで縫ったダウンパックを形成して、雨天や積雪時もウェア内の羽毛が偏らずに機能するよう仕立てていた。だが、同時にミシンの縫い目から雨や雪などの水が侵入し、暖かな空気や羽毛の逃げ道にもなってしまっていた。
旧・水沢工場の歴史
この欠点・弱点を克服すべく、逆に飛躍の契機としたブランドが、スポーツウエアの機能をダウンウェアの製造に応用した「デサント」だ。
タイミングはバンクーバー冬季五輪(2010年)の準備期間。日本選手団が着用する公式ウエアの開発に着手する際、「熱圧着とシームテープで防水するダウンウェア」という画期的な発想を形にする生産拠点が求められ、研究および製造ルーティン化できるマニュファクチャー工房として「デサントアパレル水沢工場」の名前が挙がったのだ。
1970年の操業以来、水沢工場では野球のユニフォーム、JRA(日本中央競馬会)の騎手用防護ベストなど、高い機能性を有するスポーツウェアの製品を半世紀以上に渡って手掛けてきた。なかでも、ダウンへの応用技術として最も適していた商品カテゴリーが、「国際大会用のスキーウエア」だった。世界でも稀である、「ダウンウェア」と「防水ウェア」の両方を作ることのできる設備と熟練工が、当時の水沢工場には存在していたのだ。
北條:当たり前に結果を出していた企業努力、地道な頑張りに、光が当たったということ。“生産背景のブランド化”には相応の理由があったのです。
ファブリックの裁断スペースへ。島精機製作所の自動裁断機を前にした北條は、塔筋工場長からの事前レクチャーにあった、水沢工場が担うべき責任について思い出していた。
塔筋工場長から紹介された小関秀一・デサント社長のコメントでは、「国内に流通するアパレル製品のうち、日本で最終縫製された“日本製”の割合は今や1パーセントちょっとです。なぜ、30億円もの大金を新工場に費やしたかといえば、『水沢ダウン』がこれからも当社の象徴であり続けるために、世界最高レベルの工場が必要だと覚悟を決めたからです」とあった。これは水沢工場のプライドでもある。
Check Point(その4):品質管理の徹底
羽毛検査室での抜き打ち検査は羽毛検査室での抜き打ち検査は非常に微細な目視確認ベース。ダウンパックの工程に移行する前に、フランスから届く良質な天然ダウン以外の羽毛やゴミをチェックして品質を管理している。気の遠くなるような作業だ。
北條:多分これ、大量生産なんてできっこない。
北條の指摘は当たっている。「水沢ダウン」は年間2万5000点の計画生産で、店頭の売れ行きが良くても期中の追加生産はない。加えて、1月末にほぼ完売し、翌シーズンに在庫を持ち越さない。生産量が予め定められ、売上高も上限が決まっている。この企業スピリッツが、「水沢ダウンのブランド化」と「水沢工場のブランド化」を両立させる理由だ。
ダウンの抜き打ち検品を経て、袋状に縫われた袖や身頃の部位に羽毛を詰め込むダウンパックの工程へ。ノズルを通じて部位ごとに決められた量の羽毛がダウンパックに収められ、手際よく縫われていく。無縫製の熱圧着はやり直しのきかない一発勝負だ。スムーズかつ早い、しかも丁寧!
Check Point(その5):ナイスアイデアの電源設置方法
縫製エリアの床は一面フラットでラインごとに十分なスペースを確保。また、電源は固定ではなく梁(はり)に2メートル毎の配線ルートが整備され、どこからでも電源を取りやすくなっている。
北條:頭上の梁に帽子がぶつかりそう…。この低さは丸の内線の銀座駅を彷彿とさせます。
このフレキシブルな電源設置と体育館のようなフラットなフロア構成で、ミシンなどの機材を置く位置が限定されず、製品ごとに作業場のレイアウトが組み替え可能。なお、女性でも届きやすいよう梁(電源)の高さは194cmに設定されている。
Check Point(その6):無風の空調
北條:温風を感じない。でも暖かい!
岩手県奥州市の冬は氷点下の寒さである。水沢工場の冷暖房設備は、“風の出ない”輻射熱冷暖房設備という特殊なもの。ライン内の「壁全面」に配置することで、風によるミシンの糸揺れや羽毛が舞うことを防ぐのだ。風が直接あたらず1年を通して温度が均一のため従業員も快適。また、輻射パネルに通す温冷水は胆沢扇状地(いさわせんじょうち)の地下水を利用。環境への配慮も両立させている。
思い起こせば、国内を超えて、「水沢ダウン」が世界的な認知度を得たエポックメイキングな出来事が、2020年の冬に発売された「DIOR(ディオール)」とのコラボスキーコレクションだった。当時の「ディオール」にてクリエイティブ・ディレクターを務めていたキム・ジョーンズは、「ルイ・ヴィトン×シュプリーム」や「ディオール×ナイキ(Air Jordan 1)」のコラボなど、ラグジュアリーとストリートの垣根を超えた審美眼の確かさに定評がある傑物である。1946年にパリで創業した超高級メゾンが、「水沢ダウン」とコラボしたのだ。
北條:まあ、価格が60万円超えで買えませんでしたけども。「水沢ダウン」が世界で認められたニュースとして、勝手に舞い上がっていました。
懐メロの有線が流れるなか、淡々と、黙々と、仕事を進める従業員たち。平面のファブリックから立体的な衣服を作るための型紙作り・生地の裁断・パーツの縫製・羽毛の封入・熱圧着・検品作業まで彼らは各々の手仕事を極めている。しかも驚くべきことに、他の縫製工程もフォローできる。
北條:そこで、あの流動的なレイアウトが役に立つという。切り盛りする工場長になってみたい。
高い職業意識を持つ器用貧乏な日本人を束ねた、まるで“大谷翔平”のような工場。この感想は競合するダウンブランドにとっては冗談では済まされない。同じ岩手県奥州市を出自とする「デサントアパレル水沢工場」の神髄、それは人なのだ。
海外ラグジュアリーブランドに顕著であるが、今は商品単体のブランディングを超えて、生産背景まで整えられる企業が勝ち組である。その両方を担保する「デサントアパレル水沢工場」は、意識の高い消費者を味方にしている。堅調な売り上げを見る限り、30億円もの巨額投資の賭けに勝ったのだ。
北條:従業員満足を追求すると、最終的には売り上げに繋がる。出血大セールもしてください!
以上で、大人男子のラグジュアリーアウター「水沢ダウン」を生み出す“ゼロ地点”のプレスツアーは終了。節制して、貯金して、今年こそ「マウンテニア」を購入することを誓いつつ工場を後にした。
《オマケの1枚》
オマケの1枚。これは工場見学の翌日早朝。
今度の北條はモデル出演。「水沢ダウン」を着用し、今から極寒の積雪地帯に赴いて暖かさをチェックするというのだ。他の人気6ブランドを含む格付けチェックは関連する別記事を参照のこと。やっぱり、「水沢ダウン」は最強だった!
デサントアパレル株式会社 水沢工場
住所:岩手県奥州市胆沢南都田胆沢区小山字北蛸ノ手10
工場長:塔筋祥平(兼デサントアパレル専務取締役)
従業員数:118人(2025年12月時点)
創業年:1970年
建て替え工事:2024年5月24日(地鎮祭)~2025年7月1日(稼働開始)
※2006年2月20日、水沢市・江刺市・胆沢郡前沢町・衣川村、2市1町1村が合併して奥州市となった