2026.02.06
最終更新日:2026.02.06

Vlog投稿が、退屈で破綻した生活のルーティンを変える!?【飲み会で使える! ポピュラー哲学講座|谷川嘉浩】

第21回|Vlog投稿が、退屈で破綻した生活のルーティーンを変える!?

青田麻未プロフィール画像
青田麻未

今回扱ったのは、私と同世代の哲学者・美学者である青田麻未さんの『「ふつうの暮らし」を美学する─家から考える「日常美学」入門』(光文社新書)の一部。片づけや料理、ルーティーンなどの身近な話題を、日常美学という新しい分野の観点から論じた本であり、日常美学の入門書でもある。ちなみに、青田さんと私は対談本を準備中。お楽しみに。

 朝は通勤の準備をしつつ子どもに朝食を食べさせ、一緒に家を出る。通勤電車ではYouTubeを眺め、会社に着くと近くの人に挨拶をして前日から残った仕事を片づける。会議と書類を片づけて仕事を終えたら、今日は書店に寄ってから帰宅し、食事を用意。子どもを寝かしつけた後はテレビを流しつつ晩酌し、合間にSNSをみる。内容は人や場所、時代によって違うにせよ、日常がルーティーンからなるものであることは合意できるだろう。

 ただし、美学者のカッレ・プオラッカは、日常が「いつも通り」の繰り返しだと単に言うだけの見方を批判している。彼が提案するのは、日々の行為の性質を捉えるためにルーティーンを5つに分類することだ。すなわち、①生命維持(食事・入浴など)、②社会生活(身だしなみ、コミュニケーションなど)、③最小限の福利(片づけなど)、④仕事、⑤趣味に関するルーティーンである。数字が増えるにつれ、生物としての根本的なニーズから、創造性などの工夫の余地が増えるイメージで分類は構成されている。だが、この見方は単純すぎないだろうか。

 美学者の青田麻未は、あるルーティーンが収まるとされるデフォルトの分類をはみ出し、別のグループに位置づけられる事態があると指摘する。たとえば、洗練された所作で料理をする場面や、和気あいあいと食事する様子を紹介するVlog投稿者にとって料理や食事は、①生命維持ではなく、②社会生活、③最小限の福利、⑤趣味、もしかすると④仕事にすら当てはまるルーティーンではないだろうか。人は、自分の感性に基づいた判断を行い、ルーティーンの位置づけを変化させていくのだ。

 青田の議論が興味深いのは、このルーティーンからなる私たちの日々を、自分の感性に基づいて「リズム」を刻む営みとして理解しているところだ。「一ヵ月、一年間、あるいはこの人生」などの節目や区切りを意識しつつ、日々のリズムを作っていく。Vlogをみるのが心地よいのは、そうしたリズムを短い時間に整理・編集してみせてくれるからかもしれない。

 しかし、青田自身が育児の経験を踏まえて言うように、社会や環境などの条件次第ではルーティーンを持つことが難しく、破綻したリズムで暮らさざるをえないこともある。その状況は、自分にとっての快・不快を判別し、自分の感じ方に従って生活を改良することで変わるだろう。そのとき参考になるのは、Vlog視聴者ではなく、Vlog投稿者だ。Vlog撮影は、自分の生活を再編集するための批評的な視点に満ちている。Vlog投稿は、自分の日常を自分で眺める習慣をつけ、自分なりの「改善」を模索していく技法として機能するかもしれないのだ。

谷川嘉浩

哲学者。京都市立芸術大学美術学部デザイン科で講師を務める。著書に『増補改訂版 スマホ時代の哲学』『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』『鶴見俊輔の言葉と倫理』など。

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