2024.08.16

『Not Like Us』 ケンドリック・ラマー|意識高い系扱いはもう懲り懲り【超初心者のためのHIPHOP STARTUP|長谷川町蔵】

「ヒップホップとは」を長谷川町蔵さんが初心者にもわかりやすく解説する。

『Not Like Us』ケンドリック・ラマー

『Not Like Us』ケンドリック・ラマー

ケンドリック・ラマー 意識高い系扱いはもう懲り懲り

 さて、ケンドリック・ラマーに「Like That」でJ・コールと一緒にたたかれたドレイクはどうしたか? 彼はけんかを受けて立った。4月19日に返答曲「Push Ups」と「Taylor Made Freestyle」を発表し「おまえの地元のLAでも俺のほうが人気あるじゃん」とおちょくってみせたのだ。対するケンドリックは4月30日に「euphoria」を発表してドレイクがなぜダメなのかを6分にわたってしゃべりまくり。5月3日には「6:16 in LA」も公開した。

 だがドレイクは準備万端だったようだ。同じ日に「Family Matters(家族問題)」をリリース、ケンドリックが妻に暴力を振るっていたことをほのめかしたのだ。ケンドリック、ピンチ! ところがここから彼の神がかった逆襲が始まる。なんとわずか1時間後に「meet the grahams(グラハム家を訪問の意味。ドレイクの本名はオーブリー・グラハム)」と題したディストラックを投下。彼に隠し子の女の子がいることを暴露したのだ(真偽は不明)。加えてその翌日には「奴らは俺たちとは別モノ」と連呼する「Not Like Us」を発表。これがイケイケのパーティ・チューンだったことも相まって大反響を巻き起こした。対するドレイクは5月5日に発表した返答ソング「THE HEART PART 6」で「おまえ、俺の悪口ソングを何曲作ったんだ?」とあきれてみせて、このバトルは一応の結末を迎えたのだった。

 ヒップホップ・ファンはおおむねケンドリックの勝利を認定した一方で、一部の音楽メディアからは、隠し子疑惑まで持ち出してまでバトルに勝とうとしたことについて「彼らしくない」と批判する声も寄せられた。ただしこうした音楽メディアのほとんどは本来、白人ロックが専門分野。ケンドリックはデビュー以来、こうしたメディアから「黒人ラッパーなのに思慮深い」「ヒップホップを救う救世主」と勝手に褒められ続けてきたわけで、「いいかげんそんな扱いはやめてくれ」と言いたかったに違いない。だからこその今回のえげつないバトル。ひょっとすると「Not Like Us」が指した「奴ら」とはドレイクではなく、こうしたロック・メディアだったのかもしれない。

長谷川町蔵

文筆家。とてもわかりやすいと巷で評判の、大和田俊之氏との共著『文化系のためのヒップホップ入門1〜3』(アルテスパブリッシング)が絶賛発売中。

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