「ヒップホップとは」を長谷川町蔵さんが初心者にもわかりやすく解説する。
『Life Is Beautiful』Larry June、2 Chainz、The Alchemist

アルケミスト 実家が極太なヒップホップ界の良心
「ヒップホップとは、貧困家庭で育ったアフリカ系アメリカ人の魂の叫びである。そうでない者にはリアルなヒップホップなんか作れっこない」といった主張をたまに聞く。でもそれって本当なのだろうか? そう言いたくなるのも、アルケミストというプロデューサーがいるから。これまでナズやモブ・ディープ、ケンドリック・ラマーといった錚々たるラッパーにトラックを提供してきた彼の出身地は、西海岸屈指のセレブな住宅街ビバリーヒルズなのだ。
1977年にアラン・ダニエル・マーマンとして裕福なユダヤ系白人家庭に生まれた彼は、ラジオから流れるヒップホップに感化され、幼馴染のスコット・カーンとラップ・デュオ、ウーリガンズを結成。声変わりしていないくせに達者なラップをするところが面白がられたのか、16歳のときシングル「Put Your Handz Up」でメジャーデビューを果たした。しかしこれがまったく売れず契約破棄を申し渡されてしまう。スコットがスター俳優だった父ジェームズのコネで俳優に転身(のちにドラマ『HAWAII FIVE-0』で彼もスターとなる)した一方で、アランは音楽の道を諦めきれなかった。ヒップホップを心から愛していたからだ。彼は「ラップがダメなら裏方になる」と、今度はトラック作りに邁進。するとタイトなビートと絶妙なサンプリングのセンスが評判を呼び、知り合いのラッパーたちから発注が舞い込むようになった。スーパープロデューサー、アルケミストの誕生である。
そんな彼だけど、近年は売れ線から距離を置き、アンダーグラウンドで活動する実力派とのコラボ・アルバム作りに力を入れている。今年はラリー・ジューン&2チェインズとの『Life Is Beautiful』に続いてヤシン・ベイとの作品もリリース予定と、大忙しだ。拝金主義が幅をきかすヒップホップ界でアルケミストのような仕事のスタンスは珍しい。裕福な出自がもたらす精神的な余裕があるからこそ、商売度外視で良心的なアルバム作りに邁進できるのだろう。そう考えると、アルケミストの音楽は“実家が太い”人間だからこそ作れるリアルなヒップホップといえるのかもしれない。
文筆家。とてもわかりやすいと巷で評判の、大和田俊之氏との共著『文化系のためのヒップホップ入門1〜3』(アルテスパブリッシング)が絶賛発売中。