『国芳、走る ~文政きてれつ騒動~』
奇才と呼ばれた浮世絵師を
コミカルにマンガ化した傑作
作者の河井克夫氏はマンガ家でありながら、大河ドラマや朝ドラに出ている俳優でもあります。朝ドラ『らんまん』の印刷所で働く、雰囲気ある絵師をおぼえていませんか。もじゃもじゃした髪型のせいでタレントの「なすび」と誤解された、あの人です。氏はその本業を活かし、絵を描く役を演じることが多いのです。本書あとがきによると、それは《歌川国芳の弟子筋である、もと彫師》という人物だったわけですが。のちに歌川国芳を主人公にしたマンガを描くなんて、ほかの人には真似できない偉業です。
氏のマンガがつまらなかったことは一度もなく、とりわけ原作を絶妙にアレンジしたコミカライズの手腕は当代随一です。が、今作『国芳、走る 〜文政きてれつ騒動〜』に関してはハードルが高く、読むのが遅くなってしまいました。浮世絵⋯⋯あんまり知らないんですよね。でも、そのハードルは杞憂でした。サブタイトルに「きてれつ」とあるように、史実からヒントを得て自在にイメージを膨らませて描かれた、とても気楽に楽しめる短編連作。どの部分が史実であるのかは、作品のあとに手書きの文字で、さらっと解説されています。
昨年公開された映画『おーい、応為』のモデルとなった、葛飾応為(葛飾北斎の娘)も登場します。映画『ゴジラ』の円谷英二の先祖にあたる人物が、「文政かいじゅう騒動」という章に登場するのは、いささか出来すぎという気もしますが、事実はマンガより奇なり⋯⋯と言うべきか。
浮世絵は当時、今のマンガのように楽しまれていた娯楽だったのでしょう。そのことは頭では知っていたのですけれども、このようにマンガの形で表現されて、初めて腑に落ちました。
筆者がいちばん好きだったのは最後の章「文政ねこまた騒動」です。歌川国芳が拾って飼い始めた子猫を、歌舞伎役者の三世・尾上菊五郎に譲るところからスタートするてんやわんやが描かれているんですが、登場する猫のまあ、かわいらしいこと。歌川国芳は実際、常に数匹の猫を飼い続け、猫を描いた作品も多数残したのだそうです。
当たり前ですけれども、江戸時代の人も猫を飼っていたんですよね。その「猫」という身近な生き物の具体的な描写のおかげで、当時と今が地続きであるという実感を持てた気がします。144ページの猫たちの絵などは、手ぬぐいにプリントして売ってほしいくらいキュート。さすが、『ニャ夢ウェイ』(松尾スズキ氏との共著)という猫マンガをものにした絵師です。
『国芳、走る ~文政きてれつ騒動~』
河井克夫/リイド社
江戸の世に奇才として名を残した浮世絵師・歌川国芳のエピソードをマンガ化。作者ならではのコミカルなタッチで国芳の生活を現代で楽しめる一冊。
歌人。『毎日のように手紙は来るけれどあなた以外の人からである 枡野浩一全短歌集』(現在11刷)、漫画紹介本『漫画嫌い』(絶版)など、著書多数。タイタン所属。