2024.04.12

『王の病室』|理想と現実の狭間で苦闘する新米研修医の姿を通して医療とカネの問題を描く【このマンガの実写化が見たい!|南 信長】

マンガの中には心揺さぶられる名言がたくさんある。そんな名言の数々を、現在連載中の作品から劇画狼がピックアップ! 来世で使いたいと思ってしまう名セリフを紹介します。

『王の病室』

理想と現実の狭間で苦闘する新米研修医の
姿を通して医療とカネの問題を描く

 医療ものはテレビドラマの定番というかテッパンの人気ジャンルだ。クールな天才外科医や人情に厚い開業医など、タイプは違えど人の命を救うために奮闘する姿が感動を呼ぶ。

 その点は、本作の主人公・新米研修医の赤城誠一とて同じ。「医は仁術」を地でいくような父親の診療所が倒産したのを子どもの頃に目の当たりにし、“儲かる医者”になるのが夢だったが、現実は厳しい。研修医の報酬は安く激務で睡眠時間もろくにとれない。「こんなはずじゃ‥‥」と思いつつも、当直時に心肺停止で救急搬送された老人を全力で蘇生させる。

王の病室 1
Ⓒ中西淳、灰吹ジジ/講談社

 しかし、そこで感動させないのが本作だ。やり切った満足感に浸る赤城に、先輩医師は「余計なことをしてくれる」「適度に殺すのも医者の仕事だ」と暴言とも思えるセリフを吐く。職務を全うしたのに、なぜそんなことを言われなきゃいけないのかと憤る赤城。が、別の先輩医師いわく、「取り返しのつかない治療もあるんだよ 一度付けた人工呼吸器はもう止められねェ スイッチを切ると殺人になるからだ(中略)家族は延々と延々とはてしない治療と看護に付き合わされることになる」。実際、老人の家族は大喜びではなく微妙な表情で、むしろ入院費用のほうが心配な様子だった。

 本作は、こうした医療とカネの問題をクローズアップする。保険制度のおかげで国民は平等に医療を受けることができる。しかし、いつ終わるとも知れない高額の治療を保険で賄い続けることは正しいのか。医療従事者の報酬は適正なのか。煽情的に描かれる医療業界の矛盾にはやるせない気持ちになるが、理想と現実の狭間で苦闘する赤城のポジティブさに救われる。

王の病室 2

「『目の前の患者はこの国の王様だ』『絶対に助けろ』と言われたところで結局我々は普段と同じことをするだろう」という医師の言葉がタイトルの由来。それぞれの医師の考え方の違いがそのまま日本の医療が抱える問題の縮図でもあり、現状についての解説にもなっている。

 アクの強い絵柄は好みの分かれるところだが、個性的な患者、刺さるセリフ満載で、医療ドラマとして見ごたえ十分。従来の保険証が廃止されようとしている今、保険制度について考えるためにも広く知られてほしい作品だ。

『王の病室』コミック

『王の病室』
中西淳 灰吹ジジ(原作)
1~2巻/講談社 ヤンマガWebで連載中
保険制度の矛盾や医療従事者の報酬など、医療とカネの問題にメスを入れた意欲作。“儲かる医者”を目指したはずが、薄給と激務でヘトヘトの新米研修医・赤城の明日はどっちだ!?

南 信長

マンガ解説者。朝日新聞ほか各雑誌で執筆。著作に『現代マンガの冒険者たち』『マンガの食卓』『1979年の奇跡』『漫画家の自画像』など。2015年より手塚治虫文化賞選考委員も務める。

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