原作は、直木賞と山本周五郎賞をダブル受賞した永井紗耶子の傑作時代小説。主役を演じる柄本佑さんに、撮影時の思い出や、お芝居をするうえでの指針となっている言葉などについて話を聞きました。
いちばん参考になった監督からの言葉とは
――シリーズ化を期待したくなるくらいとても面白い作品でした。柄本さん演じる主人公の加瀬総一郎は、とぼけているかと思えば、鋭さもあって、不思議な吸引力があります。本作の出演が決まってから、どのように役を捉えていきましたか?
柄本 加瀬総一郎は原作ではひと言もしゃべらないんです。「どうするんだろう?」と思っていたら、最初に源(孝志)監督から「加瀬総一郎は刑事コロンボなんだ」というようなことを言っていただいて、そこから役のイメージが広がっていきました。いちばん参考になったのは、初日の撮影で、総一郎が芝居小屋の森田座を見つけて、「ここか」って感じで歩いている場面を撮っているとき。人の往来がある設定だったので、避けて歩いていたら、源監督が「人にがんがんぶつかりながら真っ直ぐ歩いてくれ」とおっしゃったんです。その瞬間、「なるほど、そういう人なのね」とつかめたというか。気持ちが入ったら、周りが見えず真っ直ぐ行ってしまう人なんだなって。そのぐらい単純でストレートな人物なんだなと思って、演じていきました。
――森田座に集う人物はみんな曲者だらけで、それぞれにエピソードがあって、とても見応えがありました。キャストとのやり取りで何か印象に残っている出来事はありますか?
柄本 みんな濃ゆいですよね。僕はどっちかというと受け身のお芝居だったので、ひとり一人と短編を撮っているみたいな濃厚さで疲れました(笑)。監督が森田座アベンジャーズと呼んでいましたけど、終盤でみんなに囲まれるところは、もう360度どこを見ても曲者だらけという感じで、とても刺激的な撮影でした。
――本作は東映京都撮影所にセットを組んでの撮影でした。冒頭の雪の降る夜の仇討ちの場面から撮影美が冴えわたり、芝居小屋を丸ごと再現しているところなど、映画美術の粋をたっぷり堪能しました。印象に残っているセットはありますか?
柄本 森田座の篠田金治(渡辺謙)さんの部屋のセットだったり、江戸歌舞伎のセットはどこから映してもいいようにすべてがつくり込まれていて、そういう職人さんの仕事に触れると本当に感動しますね。小道具とかも本物というか歴史のあるものだし、わらじ1つとっても「なかなかこんな年季の入ったやつは出てこないぞ」というようなものが出てくるので、いちいち感銘を受けるんです。歴史の重みが役者を支えてくれているなって思います。
――東映京都撮影所は時代劇の聖地と言われていますが、やっぱり特別な場所なんですね。
柄本 東映の方々は、もちろん現代劇もやられていますが、やっぱり時代劇を撮るってなるとすごく活気づく感じがある。その様子を見ているだけで気持ちがいいし、そこに仲間入りできている喜びみたいなものはあります。僕はありがたいことに、昔の緊張感のある東映をぎりぎり知っていて、初めて行ったときはしびれましたね。衣装の着方やメイクの仕方がわからないと、「はい、わかんないのね」みたいな感じで(笑)。でも、2回目に行ったときには、「お帰り」という感じでファミリーのように迎え入れてくれる雰囲気があって、それが本当に素敵だなと思う。初めて行ったのは17歳ぐらいでしたけど、そのときのこととかもよく覚えていてくれるし、ひとり一人の役者さんのことをすごくしっかり見ていてくれている感じがありますね。僕にとっては特別な仕事場ですし、そこで時代劇をやれるのはとても幸せなことだなと思います。
――撮影中はどういう過ごし方をしていたんですか?
柄本 楽屋のあるところの一画がちょっとサロンっぽくなっているんですよ。本とかマンガが置いてあって、テレビもついていて。みんなそこで時間をつぶしたり、だべったりしているんですけど、僕も大体そこにいましたね。そこで待機して、呼ばれたら現場に行く感じで。あるとき、(渡辺)謙さんがソファで横になって寝ていて、「謙さんもやっぱりここにいるんだな」と思いました。楽屋に行きゃいいのに、なぜかみんなそこに溜まるんですよ。でも、わかるんです。そこにいることを許してもらえているというのかな。仲間入りさせてもらっている感じがして、とても心地がいいんです。
「適当」という言葉が好き
――今回の時代劇もそうですし、これまでにさまざまな役を演じてきました。キャリアを積み重ねていく中で、お芝居への向き合い方というのは変わってきましたか?
柄本 感覚はずっと変わらないです。変わったようなふりはできるけど、たぶん変わらないものだと思います。それでいうと、先輩方と飲みに行ったりとか、話を聞く機会というのはこれまでもたくさんあって、いろいろ参考になるものもありましたが、その中でも石倉三郎さんから言われた「やり過ぎないで逃げ道をつくることが粋だよ」という言葉はことあるごとに思い出します。石倉さんと飲んだとき、「佑が出たあれ観たぞ」と言われて。おそらく自分のお芝居がまずかったと思うんですよ。自分でも何となく思い当たる節はあったりして。でも、石倉さんにそう言われたことで、言葉でもって表せていなかったことが非常に明快になりました。
――やり過ぎないことですか。
柄本 現場に行くと、どうしたって欲望というものがあるので、自分はできるんだってことを示そうとして10割出そうとしちゃうんですけど、そこを引き止めて、3割ぐらいの余白を持つ。3割ぐらい観客に逃げ道をつくってあげるんです。これが大事。昔の映画の役者さんとかを観ると、すべてがスクリーンの向こう側で済まされているんですよね。だから、追っかけたくなる。「おおっ!」って仰け反るような映画よりも、ぐっと吸い込まれるような映画が僕としても好みなので、そういう演技をしたいなっていう憧れは常にあります。
――「3割ぐらいの余白を持つ」というお話は、生き方にも当てはまりそうですよね。
柄本 そうですね。僕はわりと「適当」という言葉が好きで。適当というと、一般的には何かいい加減なイメージがありますけど、適宜当たっているわけで、そう考えたらいい言葉ですよね。要するに、ベストであったかどうかは結果論であって、その選択がよかったか悪かったかはそのときにはわからない。なのに、何でそんなに結果ばかりを求めるのかなって。そこに至る過程のほうが大事なんじゃないかなって思うんです。僕自身、どんな作品でも毎度毎度観るたびに反省点があって、次に挑むんですけど、反省しなくなったらやる意味なくなるんだろうなって思っています。反省しなくなるってことは、自分に何の疑問もなく満足している状態なわけですから、そうなったら先はないなって。
――本当ですね。
柄本 一方で、諦めるということも大事で。脚本家の山田太一さんが素晴らしいことを言っていたんですけど、「諦めるというのは、ある種自分が明らかになる」ことであると。例えば、お芝居でも自分が向いてねえなと思ったら、それは向いている人に任せる。そのぶん明らかになった自分を掘り下げていけばよくて、そうやって深みを増していけばいいんです。
考えてなかったことが出てくる瞬間が楽しい
――柄本さんといえば映画好きで有名です。最近はどんな映画を観ましたか?
柄本 年始に『悪魔のいけにえ』の4K上映がやっていて、久々に燃え上がるような気持ちになりましたね。トビー・フーパー監督は、本当に映画の先生のような人で、『悪魔のいけにえ』には映画の面白さと楽しさが詰まっていて、僕は劇場でたぶん20回以上観ているんですけど、あらためて見事だなって思いました。最初にレザーフェイスが登場するときのインパクトとかすごいですよ。ばっと現れて、ハンマーでがんと殴って、殴った相手がびちびちびちと魚みたいに跳ね上がって、それをハンマーでまた殴って引きずり込む。もうあれだけでごちそうさまって感じです。あの場面で1万円の価値があります(笑)。
――そんなに!
柄本 そもそも80分ちょっとの映画なのに、レザーフェイスが出てくるまでに30分以上はあるんですよ。それまでにとにかく不穏な空気が流れている。途中で乗せたヒッチハイカーの男がナイフでいきなり自分の手のひらを切ったり、そんなことされたらすごくイヤな気持ちになりますよね。そういうワケがわからなくてイヤなことの詰め合わせがあったうえで、レザーフェイスがばーんと現われる。僕たち観客もあのハンマーで同じくぶん殴られたような衝撃で、本当に見事な作劇だと思います。結局、わからなさというのが大事なのかなって気がするんですよね。お芝居もそうですけど、人は意識下のものよりも、無意識のコントロールできないところを見ているのかなって。だから、お芝居をやっていて楽しいなと思うのは、考えてなかったことが出てくる瞬間だったりします。思いもよらないところに自分がいくときがあって、僕もほんの数回しか経験したことがないですけど、その楽しさの記憶というのはずっと残っています。それをまた味わいたいから、この仕事を続けているというのはありますね。あれ? 『悪魔のいけにえ』から何でこんな話になったんだろう(笑)。
東京都出身。2003年に映画『美しい夏キリシマ』で映画主演デビュー。映画『きみの鳥はうたえる』(18年)で、第73回毎日映画コンクール男優主演賞をはじめ同年ほか二作を含め映画賞を受賞。近年の主な出演作に、映画『先生、私の隣に座っていただけませんか?』(21年)、『真夜中乙女戦争』『ハケンアニメ!』『犬王』(22年/声の出演)、『シン・仮面ライダー』『春画先生』『花腐し』(23年)、『野生の島のロズ』(25年2月/声の出演)、NHK大河ドラマ「光る君へ」(24年)など。公開待機作に『メモリィズ』(26年6月公開)、『黒牢城』(26年公開)がある。
映画『木挽町のあだ討ち』
2⽉27⽇(金)より全国公開
江戸・木挽町。雪の夜、芝居小屋〈森田座〉のすぐそばで美しい若衆・伊納菊之助(長尾謙杜)による仇討ちが見事に成し遂げられた。その事件は多くの人々の目撃により美談として語られることとなる。しかし、1年半後、菊之助の縁者と名乗る侍・加瀬総一郎(柄本佑)が「仇討ちの顛末を知りたい」と芝居小屋を訪れると…。舞台の裏で謀略を巡らせる立作者・篠田金治(渡辺謙)や、芝居小屋に集う人々の証言から、誰も知らなかった“もうひとつの物語”が浮かび上がる――。
原作:永井紗耶子『木挽町のあだ討ち』(新潮文庫刊)
監督・脚本:源 孝志
出演:柄本 佑
長尾謙杜 瀬戸康史 滝藤賢一
山口馬木也 愛希れいか イモトアヤコ 冨家ノリマサ 野村周平
高橋和也 正名僕蔵 本田博太郎 石橋蓮司
沢口靖子 北村一輝
渡辺 謙
Ⓒ2026「木挽町のあだ討ち」製作委員会 Ⓒ2023 永井紗耶子/新潮社