作家デビュー10周年の節目となった2025年、『火星の女王』『言語化するための小説思考』という二つの作品が書籍化された小川哲さん。彼が語る創作の背景と小説の可能性について。
自分の中にある“問い”から小説が生まれる
小説家・小川哲さんの最新作『火星の女王』は、12月放送のNHKドラマの原作として書き下ろされた。物語の舞台は、10万人の人類が火星に移住した未来の世界。未知の物体を巡る事件の顚末が、視覚障がいのある女学生や生物学者、火星自治警察など多様な人物の立場から描かれる。
「この小説における僕の挑戦は、目が見えない人物の“視点”から語るということ。そして、火星に人類が移住した際にどういう問題が起こりうるのかを想像することでした。当然ながら個人としての僕は、目が不自由な方の気持ちを代弁できるはずがありませんし、ましてや火星に住んだこともありません。それでも、創作を通じて読者が思考するきっかけを与えることができる。それが小説のもつ可能性だと思っています」
同時期に書籍化されたのが『言語化するための小説思考』。この本では、小川さんの執筆における考え方が具体性をもって整理されている。
「例えば、僕は小説を書く前にプロットを立てません。自分の考えたい“問い”が何よりも先にあり、それに対して僕の中でいちばん正しいアプローチで迫っていく。人物や舞台設定はその過程で生まれるものなんです」
作家デビュー以来、『地図と拳』『君のクイズ』など数々の話題作を世に送り出してきた小川さん。10周年の節目を迎えた現在の心境は?
「魅力的な小説が数多くある中で自分の作品が読まれているのは幸運なことだと感じています。コンテンツの多様化により、読書はニッチな趣味になりつつある。だからこそ読者の範囲を狭めることなく、普段は小説を読まない人にも面白いと言ってもらえる作品を書き続けたいです」
1986年千葉県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程退学。2015年に『ユートロニカのこちら側』でデビュー。’23年に『地図と拳』で第168回直木三十五賞などを受賞。著作に『ゲームの王国』『君のクイズ』『君が手にするはずだった黄金について』『スメラミシング』など。
『火星の女王』
小川哲 早川書房 ¥2,090
NHKドラマ『火星の女王』のために書き下ろされた長編。人類が火星へ移住した未来、「地球外知的生命」を探し求める生物学者のリキ・カワナベの新発見によって、ある騒動が引き起こされる。その渦中に巻き込まれていく、火星生まれの女学生・リリ-E1102やISDA(惑星間宇宙開発機関)の若手職員・白石アオトたち。火星と地球、ふたつの星の間で人々はどのような決断を下すのか──。
『言語化するための小説思考』
小川哲 講談社 ¥1,210
「小説国の法律について」「小説はコミュニケーションである」「なぜ僕の友人は小説が書けないのか」といった章立てで、小川哲が小説を書くときに考えていることを具体的に言語化していく。徹底的に小説について語りながら、小説家を志す者だけでなく、ビジネスマンなどあらゆる人々に開かれた、「読む前と読んだ後で世界が違って見える」必読の書。短編「エデンの東」も収録。