2025.12.08
最終更新日:2025.12.08

【アリ・アスター監督&ラッパーTaiTanの対談が実現!】「コントロールしていると思っているのに、実は飲み込まれちゃっている」【新作映画『エディントンへようこそ』】

長編初監督作『ヘレディタリー/継承』は21 世紀最高のホラー映画と絶賛され、続く『ミッドサマー』で世界中の映画好きを魅了したアリ・アスター監督。最新作はロックダウン中の町を舞台に巻き起こる炎上系スリラー『エディントンへようこそ』。監督の大ファンであるラッパーのTaiTanが訊く映画と映画づくりのこと。

現実がフィクションを追い越している

アリ・アスター監督とラッパーTaiTan

TaiTan 僕は日本のヒップホップミュージックをやっているラッパーなんですけど、この間、僕らのグループ(Dos Monos)がホラー漫画家の伊藤潤二さんとコラボしまして、もしよかったらアスター監督に着てもらいたいと思って持ってきました。潤二さんの新作Tシャツです。

アスター 素晴らしいですね。伊藤潤二さんはもちろん知っています。大好きです。

TaiTan 喜んでもらえてよかったです。じゃあ、ちょっと本題に入って、映画について伺っていきたいと思います。最新作『エディントンへようこそ』、とても面白かったです。

アスター ありがとうございます。

TaiTan まずは作品を構想したタイミングから聞かせてもらっていいですか。脚本に着手したのはいつ頃なんですか?

アリ・アスター監督

アスター 2020年です。映画の舞台と同じロックダウン中に書き始めました。

TaiTan 僕が思ったのは、2020年を舞台にした作品で、公開が2025年だとすると、そのときに起こっていた状況と今の世の中で起きている状況は当然違ってきますし、何なら今の現実の世界のほうがフィクションを追い越しちゃっているようにも感じられます。そのあたりのギャップが発生することは想定していたのでしょうか?

アスター この映画はタイムカプセルみたいなもので、2020年に起こったことを撮ったものだと考えてください。ですから、その時点で未来のことは想定していませんでした。ただ、今言われたことに対しては、僕もすごく同意します。あのとき起きたパンデミックによって社会を取り巻く状況はもっとひどくなっていますよね。もちろん、以前から自分だけは正しい、自分以外は間違っているという批判や対立はありました。けれども、誰もがスマートフォンを持つようになった現代はSNS を通じて多くのフェイクニュースが拡散し、人々は憎悪と噂話に煽られ、争いや炎上を繰り返しています。私たちはこのままいったらもう巨大なレンガの壁にぶち当たるようなところにいて、そのスピードはどんどん加速しています。にもかかわらず、権力者たちはそこから我々を救うことにまったく興味がありません。

TaiTan 僕も同感で、今の状況に対して同じ思いを抱いています。世の中で起こっている現実が、まるで監督がつくる作品のように感じられるというか、そういうムードは日本にいても感じます。そのうえでちょっと気になったのが、いわゆるリベラルの人たちの描き方が特徴的だなということでした。どういう意図があったのですか?

アスター 私自身はかなりリベラルな立場ですけれども、この作品をつくるうえではそのことは置いておいて、何が起こっているかについて、より大きな構図をつくることを心がけました。なので、自分の心情や立場に対しても、意図的に批判の目を向けています。リベラルな信条がどうやって実現されているか、その実現の仕方についても批判の目を向けるということですね。と同時に、自分と違う信条の人に対しては、彼らの中に人間性を見つけるようにしました。そうやってリベラルや保守の区別なく、あらゆる人の中にある偽善や欺瞞というものをできるだけ広く描きたかったんです。結局、私たちは同じところにいるというか、すごく欠陥があって腐敗しているシステムの中で動いているんだと思います。もちろんリベラルの中にも、不誠実な人もいれば、誠実な人もいます。自分のコミュニティが欲しいからという理由だけで活動している人もいれば、本当にこれが正しいと信じて、そのために戦わなければいけないと思って活動している人もいる。そして、自分たちが正しいと信じる人の中には、正義感が肥大してしまって、気づかないうちにやり過ぎちゃったりすることがあるんだと思います。

TaiTan

自分だけは正しい、自分以外は間違っている

TaiTan なるほど。そういうことだったんですね。すごく面白いです。監督の作品は、『ヘレディタリー/継承』(2018年)にしても、『ミッドサマー』(2019年)にしても、大きなシステムに個人が立ち向かっていくという構図があると思います。けれども、最終的には宿命とか村の因習とか、大きなものに飲み込まれていく。今回の作品でも、ビッグテックに飲み込まれていきますが、最初からそう描こうとしていたのか、それとも物語を描いていく中でそうならざるを得なかったのでしょうか?

アスター かなり最初の頃から、構想していました。

(ここでなぜか、宣伝スタッフの翻訳アプリから「お前はろくでなしだ」という音声が流れ、一同爆笑)

TaiTan 「ろくでなし」って(笑)。

アスター すごいタイミングですね(笑)。テクノロジーが役に立った瞬間です。

TaiTan 我々全員がろくでなしだというのは、ある意味、今回の『エディトンへようこそ』とつながっているとも言えるので、すごいメッセージですよね(笑)。で、話を戻しますと、僕がこの作品を観て感じたのが、映画の中に出てくる主人公たちが大きなシステムに対抗しようとするんだけれども、最終的には負けてしまうみたいな構造そのものが、今の映画産業が置かれている状況と近いんじゃないかなということです。今は映画のようなフィクションの作品よりも、10秒に満たないようなショートクリップとかがより刺激的なものとして享受されています。巨大なシステムや現実に飲み込まれていくところは相似の関係に思えるのですが、そういったものを重ね合わせたりしたのでしょうか?

アスター あんまり映画産業のことは考えていなかったですね。映画産業は自分たちなりに生存の理由を見つけているような気がして。今、私たちはミームの時代、あるいは無数の細かいショートクリップの時代に生きていると思います。そして、人々の関心や注目が経済的価値を持つアテンションエコノミーの時代にあって、忍耐や我慢というものはまったく好まれていません。誰もがスマートフォンを持っていて、自分が選択して情報にアクセスしていると思っていますが、実はテクノロジーが生んだシステムによってあなた向けの情報がどんどん提供されているだけです。その結果、自分だけは正しい、自分以外は間違っている、という思考に陥ってしまう。そうした二項対立を『エディントンへようこそ』では見せたかったんですね。自分ではコントロールしていると思っているのに、実は飲み込まれちゃっている、操られちゃっている。

【アリ・アスター監督&ラッパーTaiTaの画像_4

作家主義とプロダクションの経営

TaiTan 監督は「スクエア・ペグ」というプロダクションをご自身で立ち上げていらっしゃいます。自分でプロダクションを持つことの意味や重要性について、どのように考えているんですか?

アスター プロダクションを持ったのは、映画が大好きだからです。今は支配的なメディアではなくなっているかもしれないけれども、僕の心はやはり映画にあって、とても大好きなので、このまま映画をつくり続けていきたいし、守り続けていきたいし、映画に寄与し続けていきたいと思っています。さっきも言ったように、今はミームの時代であり、ソーシャルメディアの時代です。ただ、僕はそれが好きではありません。やっぱり自分の心は映画やアートといったものにあるので、そこに対する情熱の炎を燃やし続けられるようにしたい。プロダクションはそのためにあります。それと、自分がプロデューサーになることで、若い映画作家の人たちに面白い映画をつくる機会を与えたいんですね。今、面白い映画をつくることは本当に大変になってきているので、その場を提供することは非常に重要な役割だと思っています。もし自分が映画をつくれなくなったら、しょうがないから、森の中に入って、木の上で暮らしますよ(笑)。

TaiTan 2

TaiTan 素晴らしいです。では、最後の質問です。今はミームの時代で、ショートクリップの時代になっている中で、作家主義みたいなものと、プロダクションの経営を回していくことの両立はかなり難しいんじゃないかと思うんです。ヒットさせることを考えたら、いわゆるマーケティングの要素を盛り込まなければいけなくなるとか、そういうことも必然的に発生します。監督だけをやっていたときと比べて、映画づくりに対する考えの変化はありましたか?

アスター 変化というのは特にありません。私は、いわゆる予算管理などの大変な部分のプロデューサーの仕事はやっていないんですね。自分のプロダクションには2人のプロデューサーがいて、本当に大変なことは彼らがやってくれるので、私は相変わらず脚本と監督をやっているだけです。それでもプロデューサー的な働きをする場面はあって、そのことでいいバランスが生まれているのを実感しています。私は映画が大好きで、その中にはもちろんほかの人がつくる映画も入っています。自分の映画だけに没頭して、ほかの人のものにまったく携われない状況にならないで済むので、今はとてもバランスが取れていると思いますね。

TaiTan ありがとうございます。監督のような優れた才能の持ち主が、監督とプロデューサーの両方の面で手腕を発揮しているということはものすごく意味があるし、勇気づけられます。

アスター そうですか。すごくいい質問をしていただいて、ありがとうございます。あと、Tシャツもありがとうございます。着ますね。

TaiTan ぜひ着てください。

アリ・アスター監督とTaiTan
映画監督
アリ・アスター

1986 年、アメリカ・ニューヨーク生まれ。アメリカン・フィルム・インスティチュートで美術修士号を取得。2018 年、長編初監督作『ヘレディタリー/継承』がサンダンス映画祭で上映されると批評家から高く評価され、世界各国の映画誌や映画サイトでベスト作品に選出。長編第2作『ミッドサマー』(2019)も世界中で熱狂的に支持され、各地でスマッシュヒットを記録。主演にホアキン・フェニックスを迎えた長編第3作『ボーはおそれている』(2023)はマーティン・スコセッシ、ポン・ジュノといった世界的な映画人たちから絶賛された。

ラッパー、クリエイティブディレクター
TaiTan

1993年生まれ。Podcast『奇奇怪怪』のパーソナリティを務める。クリエイティブディレクターとしては、TV番組『蓋』、音を出さなければ全商品盗めるショップ『盗』、マイクブランドShureと共同開発したスニーカー『IGNITE the Podcasters』、LOTTEと共同開発した新飲料ブランド『THE DAY』などを手がける。ACC賞、JAPAN PODCAST AWARDS パーソナリティ賞、FORBES JAPAN 30 UNDER 30 2023などを受賞。

映画『エディントンへようこそ』

2025年12月12日(金)よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開

パンデミックによって町がロックダウン状態にあるニューメキシコの小さな町、エディントン。保安官のジョー・クロス(ホアキン・フェニックス)は、IT 企業誘致で町を救おうとする野心家の市長テッド・ガルシア(ペドロ・パスカル)と“マスクをする/しない”で対立し、ついには自ら次の市長選に立候補することを宣言する。自身の正義を大声で主張するジョーとテッドの対立は激化し、その炎は町の各所に引火。住民たちは SNS を通じて肥大化しながら拡散していくフェイクニュースと憎悪と噂話に煽られて炎上を繰り返す。一方、ジョーの妻はネット動画の陰謀論にハマって夫婦関係は危険水域に突入。自分だけは正しい、自分以外は間違っている。批判と対立と憶測と揚げ足取りの応酬はやがて、取り返しのつかない暴力と崩壊の連鎖につながっていく――。

監督・脚本:アリ・アスター
出演:ホアキン・フェニックス、ペドロ・パスカル、エマ・ストーン、オースティン・バトラーほか

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配給:ハピネットファントム・スタジオ

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