『ボディビルダー』
ジョナサン・メジャース(1989年生まれ)
ハリウッド・ドリーム
「21世紀以降のハリウッドで、最も短期間でスターになる夢をかなえた俳優は誰か?」と問われれば、真っ先に名前が挙がるのはジョナサン・メジャースだろう。
2019年、インディーズ映画『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』で見せた、不敵な面構えと繊細な演技の落差で強烈な印象を残した彼は、『ラヴクラフトカントリー 恐怖の旅路』や西部劇『ザ・ハーダー・ゼイ・フォール:報復の荒野』で立て続けに主演。ボクシングドラマ『クリード 過去の逆襲』では、シリーズの看板マイケル・B・ジョーダンをもしのぐカリスマ性で観客を圧倒した。その怒濤の勢いは映画ビジネスの頂点に君臨するマーベル・シネマティック・ユニバース(MCU)をも惹きつけ、メジャースはスーパー・ヴィラン「カーン」役に抜擢される。幾つかのMCU作品での顔見せも好評で、ファンの誰もが『アベンジャーズ』新作での活躍を待ち望んでいた。
一方、メジャースはシリアス作においても俳優としての頂点に達しつつあった。その作品『ボディビルダー』では、ステロイドの副作用と孤独に蝕まれ、狂気へと落ちていくボディビルダーを熱演。肉体も精神も極限まで追い込み、有害な男らしさ(トクシック・マスキュリニティ)の悲劇性を体現した演技は、関係者から映画賞の最有力候補と噂された。だがまさにそのとき、転機が訪れる。恋人からドメスティック・バイオレンスで訴えられ、有罪判決を受けてしまったのだ。ガチで有害な男だったと判断したMCUは契約を即刻解除。メジャースのハリウッド・ドリームは一夜で幻と化したのである。
それでも彼は、黒人女優ミーガン・グッドという新たなパートナーの支えを受けながら、少しずつ再起を始めている。そして、公開が封印されていた『ボディビルダー』がついに公開される。終盤で描かれる、暴力衝動の地獄から抜け出そうともがく主人公の姿は、現在のメジャースの姿を予言していたかのようだ。スクリーンの中と現実の彼。メジャースが筋肉の膨らみを誇示する瞬間、その境界は曖昧となり、観客の心はぎゅっと締めつけられるはずだ。
『ボディビルダー』
監督/イライジャ・バイナム
出演/ジョナサン・メジャース、ヘイリー・ベネット、テイラー・ペイジ
田舎町を舞台に、病気の祖父を介護しながら、一流ボディビルダーとなってボディビル雑誌の表紙を飾ること(原題『Magazine Dreams』)だけを夢見る男の転落を描いたシリアスドラマ。究極の肉体改造を行ったメジャースの鬼気迫る演技に戦慄すること間違いなし。12月19日(金)より全国順次公開
文筆家。映画、音楽雑誌など複数の媒体で執筆。大和田俊之氏との共著『文化系のためのヒップホップ入門1~3』(アルテスパブリッシング)が絶賛発売中。