2023.07.19

ジェニファー・ロペスが自分のチャーミングさに開き直った作品【ジェーン・スー&高橋芳朗 ラブコメ映画講座 #60『ショットガン・ウェディング』】

ジェニファー・ロペスの魅力全開の最新作。日曜の夜に観るのに相応しいと語る、ふたりの今作の見解は?

ショットガン・ウェディング

――今回は配信スタートしたばかりの劇場未公開作品『ショットガン・ウェディング』(2022年)です。いかがでした?

ジェーン・スー(以下、スー):とにかく楽しかった! 主演のジェニファー・ロペスが徹頭徹尾かわいくて最高でした。彼女が演じるダーシー、大好き!

高橋芳朗(以下、高橋):まちがいないね、もうこの映画はジェニファー・ロペスに尽きる! では、まずはあらすじから。「ダーシー(ジェニファー・ロペス)とトム(ジョシュ・デュアメル)はフィリピンのプライベートアイランドで華やかな結婚式を迎えようとしていた。互いの家族も揃って準備は万端。ところが、肝心の花嫁と花婿の気持ちがどうも噛み合っていない。ふたりは式当日になってもすれ違いが増すばかり。そんななか、突然海賊が島を襲撃してきてパーティの参加者全員が人質に取られてしまう。ダーシーとトムは協力してなんとか窮地を脱しようと試みるのだが…」というお話。このむちゃくちゃなプロットからなんとなく察してもらえると思うんだけど、これは粋なダイアローグの応酬を楽しむようなラブコメではございません(笑)。正直、そこに関してはまったく不満がないわけではなくて。この手の映画にしてはバイオレンス要素過多なところも気になるしね。ただ、そういうもろもろを余裕で帳消しにしてしまうほどにジェニファー・ロペスの魅力が爆発してる!

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スー:改めてあらすじを聞くと、なんて荒唐無稽な話! と思うよね。正直に言えば、冒頭はややだれ気味でイマイチ入り込めなかった。だけど、それすらも演出な気がしてくるくらい、中盤からの加速がすさまじい。何度も言うけど、とにかくジェニファー・ロペス演じるダーシーがキュートすぎる!! 以前紹介した歌姫と数学教師の恋を描いた『マリー・ミー』(2022年)は、物語を進めていくうえで必要な葛藤シーンがあったけど、今回はほとんどない。本人にとっては悩ましいところなんだろうけど、ジェニファー・ロペスにはこういう何も難しいことがない作品をやらせたら最高だと改めて思いました。 高橋:まさにまさに。そのあたりは本人もここ数年のフィルモグラフィを踏まえつつ自覚的に取り組んでいるんじゃないかな。今回のジェニファー・ロペスのモードは映画の序盤、ベッドからトムを誘惑するシーンで早々に示されているのではないかと。このくだりの彼女がまためちゃくちゃチャーミングで。 スー:うん、Tシャツ一枚なのに本当にキュート。アメリカ映画でよく見る、妻がセクシーさをアピールして夫をベッドに誘うシーン。だいたい夫は興奮してやる気満々になるじゃない? あれ、日本だとあんまり見ないよね(笑)。こういう言い方もアレだけど、日本だと妻に対しては「なにやってんだよ…」的な描写になるような気がします。 高橋:確かに、描くにしても『釣りバカ日誌』シリーズの「合体」みたいなファニーな方向に流れがちかもしれない。その理由は掘り下げてみる価値がありそうだけど、それはまた別の機会に。話を戻すと、このシーンに象徴されるようにジェニファー・ロペスを堪能する映画として本当に申し分のない内容だよね。『ピッチ・パーフェクト』(2012年)でおなじみのジェイソン・ムーア監督もそういう狙いで撮っているのだろうし、彼女もそれに正面から応えていて。
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スー:ダーシーという役を通して、ジェニファー・ロペスのかわいさを久しぶりに青天井で楽しめる作品だからね。相手役のジョシュ・デュアメルの魅力が引き出されたとは言い難いけど(笑)。 高橋:実はトム役は当初ライアン・レイノルズがキャスティングされていたらしい。そのあとアーミー・ハマーが候補に上がったりもしたんだけど、紆余曲折あってジョシュに落ち着いたんだって。 スー:そうなんだ! ジェニファー・ロペスの良さを際立たせるという意味で言えば、ライアン・レイノルズじゃなくてよかったのかもね。ちなみに他の役者陣はどう? ダーシーの元カレ役のレニー・クラヴィッツにはびっくりしたね。 高橋:まさかレニーがノリノリであんな役を引き受けるとはね。しかも最後はラブコメ史上でも屈指の壮絶な…おっと、これはネタバレに抵触するから控えておこう(笑)。そのほか脇役陣としては、トムの母親キャロル役のジェニファー・クーリッジも抜群の安定感。毎度のことながら彼女はもう出てくるだけで笑っちゃう。それにしても、ここ最近似た設定のラブコメが多くない? 『ザ・ロストシティ』(2022年)、『チケット・トゥ・パラダイス』(2022年)、『恋のツアーガイド』(2023年)…特にアジアンリゾートを舞台にした作品が急に増えてきたような。 スー:ラブコメ界にアジアンリゾートブームがきたというより、コロナ禍で撮影できる場所がそこしかなったという可能性があるわね。コロナ明けでみんな旅に出たいだろうし、需要ともマッチしてるのかも。 ――それはありそうですね(笑)。ところで、他3作との大きな違いはなんでしょう?
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スー:ダーシーの年齢にフォーカスした表現がなかったところですね。「おばさんなのにどうしよう…」も、「おばさんもまだまだイケてる!」も、どちらも描かなかった点が良いと思った。中年女性であることの悲哀が特にない。大人の恋の話はもはや次のステージにいったなと思いました。 高橋:そういえば年齢に関する具体的な言及はほとんどなかったな。逆に『恋のツアーガイド』は年齢を意識させる描写やセリフが多かったけど、あれはヒロインが「失恋直後のアラフォー会社役員」という設定に大きな意味があったわけだから。 スー:トムとの年齢差もわからない。「ウェディングドレスを着て盛大な結婚式をやるタイプじゃない」のダーシーのセリフも“20代半ばではない”というだけの意味だと思うし。 高橋:そのへんをすっ飛ばして駆け抜けていくあたりが映画全体の痛快さにつながっているのかもしれないね。 ――ちなみに印象に残っているシーンはありますか? スー:素敵なシーンとして記憶に残ったのは、過去に海賊に襲われたことがあるリゾート地だと知っていながらトムがこの場所を結婚式場に選んだことがダーシーにバレてから、お互い言いたいことを言い合うところ。腹の底にたまっていたものを一気に爆発させても、やはりそこは大人のふたりなの。相互理解のきっかけにはなれど、致命傷にはならない。若いふたりだったら、取り返しがつかないくらい相手が傷つくことを言ったり、相手の言葉を曲解して拗ねて話が進まなくなったりする場面だもの。笑えるシーンのほうが多いからこそ、ここはリアルに響いたかな。
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高橋:笑えるシーンといえば、ラブコメ映画のお楽しみのひとつであるエンドロールの「後日談」。結婚式の二次会をハンディカメラで撮ったようなラフな映像なんだけど、主要キャストでバングルズの「Walk Like Egyptian」をカラオケで歌いつつひたすらどんちゃん騒ぎを繰り広げてる。もしかしたらロケの打ち上げも兼ねた宴なのかもね。選曲も含めて狂乱ぶりがすさまじい(笑)。 スー:ね! 海賊に襲われて、施設を破壊されて、客もスタッフも「死ぬかも!?」ってなった後なのに、リゾートホテルが通常営業に戻り過ぎてる(笑)。そんな作品だけど、「最初から完璧なものなど何もない、壊れたら修復すればいい」っていうメッセージもちゃんと一貫していて、秀作だなって思った。トムにとっては“完璧であるべき”の象徴としての結婚式、「失ったら完璧ではなくなってしまうから結婚が恐ろしい」というダーシー。その辺の設定はうまく機能してるんだよね。加齢に対する描写はなくとも、大人だからこそ抱える不安は描かれてる。 高橋:うん。「壊れかけては修復してきた」というメッセージは、離婚したダーシーの両親の新しい関係性もほのめかしていたと思うな。 スー:中盤からテンポアップして笑えるシーンもたくさんあったよね。ジェニファーはお気楽な演技しかできないと酷評された時代もあったようだけど、「これが私の魅力なんだからいいでしょ!」と開き直って徹底的にやったのが最高だと思った。こういう気軽な映画があることは救いだね。 高橋:ジェニファーは自ら製作にも関わった『ハスラーズ』(2019年)の演技が高い評価を受けてオスカー受賞を有力視されていたにもかかわらず、いざ蓋を開けてみたらノミネートにすら引っかからなくて。あのときは多くのメディアが「最大の番狂わせ」と報じていたし、ジェニファーを無視したオスカーに対してはファンや批評家も非難囂々だったけど、当の彼女は傷ついたことを認めながらも「別に賞のためにやっているわけじゃない」と言い切っているんだよね。実際、以降のジェニファーはへつらうこともふてくされることもなく、いままで以上に自分のやりたいようにやっている印象があって。『マリー・ミー』や『ショットガン・ウェディング』の一方ではスーパーボウルハーフタイムショーの歴史的ステージの舞台裏に追った長編ドキュメンタリー『ジェニファー・ロペス:ハーフタイム』(2022年)を撮っていたり、この5月にも主演を務めるアクションサスペンス『ザ・マザー:母という名の暗殺者』(2023年)がネットフリックスで公開されたばかり。ここ最近の彼女は自分の生きざまを見せつけてきてるような凄みがあるよ。
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スー:さすがジェニファー・ロペス。どっちの役もできるし、どちらも諦めないんだな。あと、豆情報なんだけど、映画のビジュアルポスターがふたつあるのよ。ダーシーがショットガンを持っているバージョンと持っていないバージョン。国によってポスターに載せていいものの規制が違うんだろうね。 高橋:ちなみにタイトルの“ショットガン・ウェディング”はアメリカのスラングで“できちゃった婚”の意味。これは妊娠した女性の父親が相手の男性に散弾銃を突きつけて責任をとるよう迫ったことに由来しているそうなんだけど、ここでは文字通り“ショットガンをぶっ放す結婚式”として採用しているわけだね。ホント、このセンスに象徴されるあっけらかんとしたノリが映画の隅々にまで行き渡っている(笑)。 スー:現実がシビアなことばかりだからこそ、こういう娯楽作品はなくならないでほしいな。

『ショットガン・ウェディング』

監督:ジェイソン・ムーア
脚本:マーク・ハマー、エリザベス・メリウェザー
出演:ジェニファー・ロペス、ジョシュ・デュアメル、レニー・クラヴィッツ
製作:アメリカ(2022年)

Photos:AFLO

ジェーン・スー

東京生まれ東京育ちの日本人。コラムニスト・ラジオパーソナリティ。老年の父と中年の娘の日常を描いたエッセイ『生きるとか死ぬとか父親とか』がドラマ化。近著に『闘いの庭 咲く女 彼女がそこにいる理由』、大人気ポッドキャスト初の公式ファンブック『OVER THE SUN 公式互助会本』など。TBSラジオ『生活は踊る』(月~木 11時~13時)オンエア中。

高橋芳朗

東京都出身。音楽ジャーナリスト/ラジオパーソナリティー/選曲家。著書は『ディス・イズ・アメリカ 「トランプ時代」のポップミュージック』『生活が踊る歌』など。出演/選曲はTBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』『アフター6ジャンクション』『金曜ボイスログ』など。

Composition&Text:Mayu Yamamoto

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