2024.05.09

『恋するプリテンダー』こんなラブコメを待っていた!【ジェーン・スー&高橋芳朗 ラブコメ映画講座 #63】

【ネタバレ注意】
こちらの記事は紹介作品のネタバレを含みますので、未見の方はご注意ください。

『恋するプリテンダー』(2023年)

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――劇場公開最新作『恋するプリテンダー』です。ザ・王道ラブコメが帰ってきたような印象を受けましたがいかがでした?

 ジェーン・スー(以下、スー):とてもよかった! 「憎み合うふたりがやがて……」というオーソドックスなラブコメ映画ルックは私の大好物なんだけど、たまに観ていて「うっ」となるような古い価値観に罪悪感を覚えることもある。でも、今作にはそれがなかった。気持ちよく観ることができました。ある種のゴールと言えるね。

 高橋芳朗(以下:高橋):ラブコメディの定石を手堅く丁寧に踏んでいけばオーソドックスな作風でもまだまだおもしろいものが撮れる、ということを証明する作品でもあると思うな。では、本題に入る前にまずは簡単にあらすじを。「弁護士を目指してロースクールに通うビー(シドニー・スウィーニー)は街角のカフェで出会った金融マンのベン(グレン・パウエル)と最高の初デートをするが、ちょっとした行き違いによって燃え上がったはずの恋心が一気に凍りついてしまう。そんなふたりは数年後、オーストラリアで行われた共通の知人の結婚式で偶然再会。心踊る真夏のリゾートウェディングにもかかわらず険悪ムードのふたりだったが、復縁を迫る元カレから逃げたいビーと元カノの気を引いてヨリを戻したいベンは互いの望みを叶えるためにフェイクカップルの契約を締結。ふたりは最高のカップルを演じきることができるのか…!?」というお話。主演のシドニー・スウィーニーはテレビシリーズの『ユーフォリア/EUPHORIA』(2019年〜)で、グレン・パウエルは『トップガン マーヴェリック』(2022年)でおなじみだね。

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スー: 2010年代の後半から“恋愛成就だけが人生のゴールじゃない”を新しいラブコメのテーマとして提示してきた作品が台頭してきたじゃない? 『サムワン・グレート 〜輝く人に〜』(2019年)とか『ワタシが私を見つけるまで』(2016年)がそうだよね。恋愛至上主義のカウンターとしてのラブコメ作品。あのフェイズを経たからこそ、「誰かに選ばれることだけが人生の幸せじゃない」「恋愛が成就するのは幸せなこと」の両方をちゃんと味わえる作品が、2020年代に生まれたと感じたわ。

高橋:まさに、ここ10年のラブコメディの紆余曲折があったからこそ『恋するプリテンダー』のこのアプローチが有効なのは間違いないと思う。体裁は完全に王道のラブコメながら2010年代後半からの試行錯誤を通過した痕跡がうかがえるあたりが素晴らしいね。

スー:恋愛は異性愛者たちのものだけではないことを殊更強調しなくてもよくなったのも、時代の良い変化だと思う。今作の舞台になる結婚式って、ビーの姉ハル(ハドリー・ロビンソン)とベンの友人クラウディア(アレクサンドラ・シップ)のレズビアンカップルのものだったじゃない? セクシャルマイノリティだからこそ直面する問題は多々あるだろうけれど、そこにフォーカスせず、愛し合うふたりはごく自然に存在しているの。いきなりここに到達することはできなかったと思う。セクシャルマイノリティの恋愛に周囲が無理解な描写があるラブコメ作品、たとえば『ハピエスト・ホリデー 私たちのカミングアウト』(2020年)がそうだけど、そういうフェイズがあったからこそだと思いました。

高橋:主人公カップルを取り巻くキャラクターの在り方もここ5年ぐらいでだいぶ見直されてきたよね。この映画にしてもいわゆるマジカルニグロやフェアリーテールゲイは出てこないし、物語を盛り上げるためだけに存在しているような都合の良い悪役もいない。王道でありながら最新型なんだよな。

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スー:ビーも今までのヒロインとは種類が違うの。昔のラブコメヒロインって、自分に自信がない子が多いうえに、映画の最初と最後で見た目が変わることが多かった。極端な言い方をすると、個性的だった子が一般受けする容姿になるみたいな。『プリティ・イン・ピンク/恋人たちの街角』(1986年)だって、古着をリメイクしたとはいえそうだよね。そういう、大衆が好む容姿に揃えていくような描写があったものだけれど、ビーは元々おしゃれで、どちらかと言えば陽キャ。だけど自分に自信はないの。そこがリアルだよ。そして、容姿はずっと変わらない。そういうのも現代版にアップデートされてるなって思った。ステレオタイプ過ぎないというか。

高橋:ビーの描き方は秀逸だったよね。通常、ヒロインに対しては物語の進行と共に愛着が湧いてくるように作られているものなんだけど、ビーに関しては始まってたった数分でお客さんを味方につけちゃう。そんな彼女の描写も含め、とにかくアバンがパーフェクト。タイトルが出るまでの十数分で基本情報をきちんと整理しつつ、周到に伏線もばら撒いていく手際は職人芸の域でしょ。

スー:上手だった! 彼女に対してアバンで一気に共感を持つと思う。ビーとベンは最初のデートで一晩をともにするわけだけど、すごく素敵な夜を過ごしながら、身体の関係は持たなかった。何もしないで朝を迎えて、幸せが怖くて「どうしよう」って逃げ出しちゃうビー。捨てられたと思って戸惑い、男友達に強がるベン。ふたりとも繊細で臆病なのよ。ビーは自分の選択に自信がないし、ベンは二度と失いたくない&傷つきたくないっていう思いがある男。自信満々な人って実際にはほとんどいないから、このあたりが非常にリアリティがある。そんなふたりの出会いだから、おいそれとは交際が始まらなかったのは理解できる。

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高橋:抜群の相性に思えたビーとベンのすれ違い展開にはめちゃくちゃ歯痒さがあるんだけど、なぜそうなってしまったのか、その背景がきめ細かな人物描写でしっかりフォローされるからストレスを引きずることなくふたりの恋のゆくえに没入できる。こうした配慮がちゃんと行き届いているラブコメは意外と少なくて。単にストーリーを盛り上げるイベントを投下していけばいいというわけではないんだよね。

スー:ベン役のグレン・パウエルもかっこいいんだけど、ちょっと抜けてるところもあるかっこよさなのがまた良かった。ビーの元カレのジョナサン(ダレン・バーネット)がベンとは正反対のタイプなのもね。ビーがジョナサンに対して「完璧すぎで喧嘩もしない。文句がないから自分に不安があることも共有できない」と言っていて、うまく言い得ているなって思った。男の人が言われて嫌がる「“いい人”は恋愛対象から外される」って、ああいうことなんじゃないかな。女性からしてみたら、「いい人」に不満をぶつけたら、みすぼらしい気持ちになってしまう。彼のいい人レベルに合わせていると、不安だらけの本当の自分を出せなくなっちゃう。

高橋:恋敵を安直な悪者ではなくジョナサンみたいなキャラクターに設定しているあたりもいまっぽい。彼は単なるベンの引き立て役というわけでもないからね。こちら側としてはベンとビーの恋が成就することを祈りつつも、どうしたってジョナサンを嫌いにはなれないんだよな。

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スー:登場人物で言うと、ビーの両親とクラウディアの両親の対比も上手くできていると思った。ビーの両親は、ラブコメ映画的にはステレオタイプ。ふたりは常に一緒にいて、両親揃って「元カレとよりを戻せ」とビーに詰め寄ってくる。一方クラウディアの両親は、一緒にいる時もあるけど、基本的には個人主義。いろいろなカップルの在り方を提示しているのかも。

高橋:そのビーとクラウディアの両親の立ち位置にわかりやすいけど、それぞれが物語のなかでちゃんと機能しているから登場人物が多い割には人物相関図がすんなり頭に入ってくる。ぞんざいに扱われているキャラクターが誰ひとりとしていないんだよね。しかもみんながみんな好感をもてるから、多少の下品なギャグもスルーできちゃったな。トレーラーでも大々的にフィーチャーされていたビーとベンの崖でのやり取りとかさ(笑)。

スー:あのシーンはあんなに長くやる必要はなかったと思うけど(笑)、うまくできてるよ。私たちが提唱するラブコメの4つの条件(1.気恥ずかしいまでの真っ直ぐなメッセージ 2.それをコミカルかつロマンチックに伝える術 3.適度なご都合主義 4.「明日も頑張ろう」と思える前向きな活力)があるけど、この条件にひとつ加えるとしたら、すべての構成が「うまくできてる」ってこと。私たちにとってのラブコメの最大限の褒め言葉は「うまいね」だから。そんな「うまいね」な部分が随所に散りばめられてた。

高橋:その「うまさ」はやっぱり脚本の良さによるところが大きいよね。あの些細なすれ違いを発端として、これだけの求心力のある物語を特に派手なドラマを盛り込むことなく転がしていくわけだからさ。最後はお約束の『恋人たちの予感』(1989年)スタイルのエンディングながらきっちり泣かせてくれるからな。いや、本当に「うまくできてる」。

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スー:うんうん。脚本と演出が秀逸だよね。ビーはボストンのロースクールを辞めたことを誰にも言えないまま結婚式旅行に参加したわけだけど、映画を観ている私たちもそれを知らないまま物語は進んでいく。で、オーストラリアに到着し、コテージでビーがパソコンに向かってSNSのプロフィール欄の「ボストン ロースクール」を消して「????????」に変える場面が入る。え?と思っていると、すぐさまパソコン画面の右下に「ボストン大学が退学届を受理したメールを受信」ってお知らせが入る。あのテンポ感がたまらないんだよね。セリフを使わず、観客にどう伝えるかってプランが随所ですごく練られていたんじゃないかな。

高橋:いちいちのやり口がスマートなんだよね。優れたラブコメディは脚本や演出の基礎を学ぶのに最適、なんて話を聞いたことがあるけれど、まさにこの映画は良い手本になるかもね。

スー:次から次へといろんなことが起こるから飽きないしね。軸は、「ビーとベンの仲が悪いことが原因で大事な結婚式がぶち壊れていくから、そのふたりをくっつけて結婚式を無事に執り行おう!と周りが協力する」っていう非常にラブコメっぽい構成なんだけど、みんながみんな、ビーとベンをくっつけたいわけではない。一組だけ、ビーとくっつけたい相手が違うから。そこを混乱させないで見せる手腕もすごい。神技級の交通整理がされている。

高橋:この映画の原題は『Anyone But You』。要は「あなた以外の誰でも」みたいな意味になるわけだけど、映画の内容を考えると邦題の『恋するプリテンダー』の方がしっくりくるようなところがあって。これってビーとベンが恋人を装うことに基づいて名付けられたタイトルだと思うんだけど、白々しくも微笑ましい演技でふたりをくっつけようとする周囲の人々もまた「プリテンダー」なんだよね。

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スー:そう、みんなが騙し討ちしてるんだよね。型としては、本当にこれ以上のオーソドックスなものはないってくらい、反目していたふたりがくっつくっていう話。けど、そういう話が私たちは大好き! ラブコメ映画って、「同じ設定で違う物語をくれ」ってことなのよ。見慣れた筋で違う感動を求める。もしくは、違う設定だけど同じ幸せな気持ちになれるとか。

高橋:うん、ラブコメ映画のスタンダードをとことんまで突き詰めたような作品だと思う。監督/脚本は『小悪魔はなぜモテる?!』(2010年)や『ステイ・フレンズ』(2011年)などを手がけてきたウィル・グラックだけど、これは製作陣の深いラブコメ愛あってこその芸当だよね。ちなみにビーの両親役、ダーモット・マローニーとレイチェル・グリフィスは『ベスト・フレンズ・ウェディング』(1997年)で共演してるんだって。このキャスティングからもスタッフのラブコメに対する思い入れが汲み取れるんじゃないかな。

スー:うんうん、あなたたち絶対にラブコメ映画好きでしょ?って感じ。それにしても、大事なシーンで説明セリフが少ないのには唸ったね。誰にも話したことがないことを思わず話してしまうとか、作ったこともない料理をふるまうとか、お互いが本気なのを行動で小だしにしてくる。わざとらしさと自然さのギリギリのラインね。あと、ある曲がふたりの物語の大きな鍵となるんだけど、2000年代にヒットしたやつだよね?

高橋:ナターシャ・ベディングフィールドの「Unwritten」だね。2007年の第49回グラミー賞では最優秀女性ボーカルパフォーマンス賞にノミネートされてる。ビーのセリフにもある通り、まさに「いまなぜこの曲を!?」といった感じのセレクションなんだけど、忘却の彼方に押しやられたヒット曲をドラマを通して再び輝かせるのはラブコメ映画の定番演出なんだよね。マック・ミラー、レミ・ウルフ、ドミニク・ファイク、スティル・ウーズィー、トロイ・シヴァン、ウェット・レッグなど、その他の挿入歌がインディーポップを中心とした趣味の良い選曲でまとめられていることもあって、この「Unwritten」の絶妙さが余計に際立ってる(笑)。

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スーいやぁ、練りに練られてるね! で、ちょっと気になったんだけど、舞台がシドニーだった理由って何かあったのかな? コロナ禍の影響? アメリカからフライトで16時間って言ってたし、かなり遠いよね。

高橋:以前連載で取り上げた『チケット・トゥ・パラダイス』(2022年)『恋のツアーガイド』(2023年)もそうだけど、近年のラブコメではパンデミックの影響もあってリゾート物/観光物がちょっとしたトレンドになっているよね。この映画もその潮流の中に置いて語ることもできると思うけど、どうやらこれはウィル・グラッグ監督の意向みたい。彼はオーストラリアがお気に入りで、家族や友人たちとシドニーで4カ月過ごしたかったから舞台をシドニーに設定した、とコメントしてる。「自分勝手だとは思うが、キャストたちも私と同じくらいこの場所を好きになるだろうという自信があったし、実際にそうなった」とも。

スー:そんな逸話があったのね。シドニーを象徴するオペラハウスは、ラストのシーンで活きてるね。文字にすると恥ずかしくなっちゃうんだけど、オペラシティで悲しく佇む女の子のところに、ヘリで男の子がやってくるって…こんな恥ずかしいことはないのよ。でも、ラブコメ映画ならではだし、そこにグッときちゃう。ベンがビーに二回目のサンドイッチを作ってあげる場面。最初のデートでもサンドイッチを作ってあげてるんだけど、二回目は「もう一回そこからやり直そう」っていうメッセージと「君を大切に思っている」っていうメッセージが込められてると思った。あと、くだらなくて下品なシーンで言えば、シドニーへ向かう飛行機内でビジネスクラスで寝ているベンのところに、イタズラをしてやろうとビーが近寄っていって、ビーの服がベンの椅子に引っかかっちゃって取れなくなっちゃう場面。早くその場から去りたいのに「取れない取れない」ってね、あのビーのムーブは完全にクラシックなラブコメ作品だった(笑)。

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高橋:でもこれが単なるギャグシーンと思いきや、のちのち伏線として見事に回収されていくんだよな。アバンの最後に『ロミオとジュリエット』のセリフ「Here's much to do with hate, but more to do with love」(恋ゆえの恨みは憎しみより激しい)が壁面に映し出されることに示唆的だけど、随所でシェイクスピア『から騒ぎ』の引用を織り込んでいるのも気が利いているよね。そうやってウォールアートや砂浜の落書きをテロップ代わりに使う小技も洒落ていて。バーのネオンサインで時間の経過を表現していたのが印象的だったな。

スー:あれいいよね! 「Six Month Later」ってバーを作りたくなったもん。6ヶ月後に会おうっていうテーマにしてさ。

高橋:素敵! 確実に流行るよ!

スー:最後はいろんな人がみんなうまくくっつくっていう、ラブコメ映画ならではのご都合主義も最高! この風習はずっと続けてほしい。けどさ、今作ってアメリカで社会現象を巻き起こしたって言われるくらい大ヒットしたんだよね? もうこの手の作品ってウケないって思ってたからびっくりしちゃった。私たち世代、中高年はこういう作品は大好きよ。でもZ世代にも響いたなんて。若い子たちに観られているとしたら、それは新鮮な驚き。

高橋:この映画について、ビーの父親を演じたダーモット・マローニーが「いまの時代、リアルな葛藤とリアルなキャラクターを持つラブストーリーを忠実に捉えられる映画は稀有」とコメントしているけど、本当にその通りだと思う。これがラブコメ復権の足掛かりになることを切望したいね。

『恋するプリテンダー』

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監督:ウィル・グラック
脚本:ウィル・グラック、イラナ・ウォルパート
出演:シドニー・スウィーニー、グレン・パウエル
制作:アメリカ(2023年)
2024年5月10日(金)全国ロードショー

https://www.koipuri-movie.jp 

PROFILE

コラムニスト・ラジオパーソナリティ
ジェーン・スー

東京生まれ東京育ちの日本人。老年の父と中年の娘の日常を描いたエッセイ『生きるとか死ぬとか父親とか』がドラマ化。近著に『闘いの庭 咲く女 彼女がそこにいる理由』、大人気ポッドキャスト初の公式ファンブック『OVER THE SUN 公式互助会本』など。TBSラジオ『生活は踊る』(月~木 11時~13時)オンエア中。

音楽ジャーナリスト・ラジオパーソナリティー・選曲家
高橋芳朗

東京都出身。著書は『ディス・イズ・アメリカ 「トランプ時代」のポップミュージック』『生活が踊る歌』など。出演/選曲はTBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』『アフター6ジャンクション』『金曜ボイスログ』など。

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