現在公開中の映画を、菊地成孔が読み解く。
『サブスタンス』

映画作りがシリアスになっている時代に
見世物感覚で挑むデミ・ムーアの話題作
これも’80年代リバイバルでしょうか。久しぶりに観るシンプルなスプラッター/クリーチャー系映画。まるで初期クローネンバーグです。
現在はエアロビクス番組で延命しているかつてのスター女優。番組を降ろされたことで謎の再生医療“サブスタンス”に手を出し、誕生した若く美しい分身との間で軋轢の日々が始まる。
女性の若返りを扱っているわけで、ボトックスやルッキズムなど社会的なモチーフがあるのかと思っていたのですが、ほぼない。
主人公を番組から降ろすテレビプロデューサーは明確なセクハラはしていないし、そもそも悪人ではない。“サブスタンス”も魔女の秘薬のようで、物語の展開はフランケンシュタインです。覚醒剤のメタファーではあるものの、違法ドラッグというより夢のお話に近い。
デミ・ムーアはさまざまな意味で身体を張っている。言わば功労賞としてオスカーにノミネートされ、受賞は逃したものの、ゴールデン・グローブ賞に輝いただけでも立派。
何しろエロもあればグロもある、かなりB級に近い作品。しかしある意味、志が高いとも言える。加齢による美貌の衰退を描きながら、それをことさら悲劇にもせず、リベラリズムも匂わせない。極端な屈辱感も与えない。映画が難しいことを言わずに見世物に徹している。映画がお化け屋敷だった時代に遡るくらいの大歌舞伎。主題は特殊な全身美容なのに、神の領域とかバイオテクノロジーとかに言及しない。「世にも奇妙な物語」くらいのノリを維持するこの女性監督は雑な部分もあるものの、したたか。『ウィキッド ふたりの魔女』『白雪姫』など、映画がコンプラにがんじがらめになりヘトヘトになっている昨今、娯楽ならではの見世物性を取り戻そうとしているとも言える。
銃も登場せず、巨万の富も動かない。命や差別の問題も出てこない。実はやわらかな映画。さまざまな問題で映画作りが制限されている今、テーマに縛られず観た人がお腹いっぱいになるまで、好きなことを好きなだけ撮っている。アメリカ映画は近年シリアスに、文学的になりすぎた。なので、こんなふうに打って出ることは爽快だし悪い気がしませんでしたね。デミ・ムーアに続いて「私もやるわ!」というベテラン女優が現れる可能性もゼロではありません。(談)
『サブスタンス』
監督・脚本/コラリー・ファルジャ
出演/デミ・ムーア、マーガレット・クアリー
5月16日全国公開
デミ・ムーア復活!と大きな注目を集めた一作。アンチエイジングを奇想で突破するSFファンタジー・スリラー。フランス人女性監督コラリー・ファルジャは本作でカンヌ国際映画祭脚本賞に輝き、ムーアも『ゴースト/ニューヨークの幻』以来35年ぶりにゴールデン・グローブ賞主演女優賞を獲得した。「できれば楽しいNG集をエンドクレジットで観たかった!」と菊地さん。
音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
ch.nicovideo.jp/bureaukikuchi
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