2025.09.07
最終更新日:2025.09.07

『ユニバーサル・ランゲージ』|エンタメともアートとも違う21世紀映画。ほほ笑みを絶やさない大いなる癒やしの一本【売れている映画は面白いのか|菊地成孔】

現在公開中の映画を、菊地成孔が読み解く。

『ユニバーサル・ランゲージ』

『ユニバーサル・ランゲージ』
© 2024 METAFILMS

エンタメともアートとも違う21世紀映画
ほほ笑みを絶やさない大いなる癒やしの一本

 アメリカ映画で作家主義を貫くA24の功績は大きいが、最近の同社製作作品を観ていると、どうにもスッキリ着地できていない。これが21世紀のエンタメなのかもしれない…と思っていたらカナダから「まさか」の映画がやってきた。

 カナダと緯度的にはほぼ同じスウェーデンにはリューベン・オストルンドという異才がいます。リューベンも含め北欧映画にある悪夢やブラックジョークなど強烈なものは、このカナダ映画にはまるでありません。

 なんとペルシャ語、フランス語、英語が公用語として飛び交う架空のカナダが舞台。七面鳥にメガネを奪われた同級生のために「ある旅」をする姉妹の物語。完全なファンタジーですが、クセのある人物が次々に登場し、哲学的でもある。あらゆる肌触り、質感が北欧のようでいて、まるで違う。同じ北でもトゲがまったくない。風刺もなく、絵作りには不穏なものもあるのに、基本的にはハートウォーミング。かといって大人が子どものために作った童話でもない。

 童話というより神話に近い。いろいろなエピソードが無根拠なパスで象徴的につなげられていく。描写はいちいち面白く、いちいち怖いが、それが深まって転がっていくこともない。これぞオリジナリティある21世紀映画。ストーリー的なオチがなく意外な発想で締めくくられる。

 ポール・トーマス・アンダーソンやウェス・アンダーソン、フランソワ・オゾンらの’70年代的ヒッピー感覚もあるし、アンチSNSの気配もある。シネフィルならジャック・タチの「すっとぼけた」平面性を引き合いに出すかもしれない。だが、文化的地理を超えたセンスがある。

 相当に品位の高い映画。誰かが死ぬわけでもないし、悲しいことが起こるわけでもない。登場人物はみんな少しずつ傷ついているのに、親切。アート映画にありがちな静かなエモーションもない。ただコントの要素はあり常にほほ笑んでいる。ステレオタイプな予測を裏切っていく。見透かしているように。薄味なのに苦味がある。油、塩、糖などの刺激物は用いず、毒を抜く。だが、オーガニックな押しつけはまるでない。

 この揺るぎのない「緩さ」は、現代人にとっては大いなる安らぎとなるが、はたしてこれに続くカナダ映画は登場するのか否か。それが気になります。(談)

『ユニバーサル・ランゲージ』

監督・脚本/マシュー・ランキン
出演/ロジーナ・エスマエイリ
8月29日より新宿シネマカリテほかで公開

カンヌ国際映画祭監督週間で観客賞に輝いた、不思議な味わいのファンタジー。「『ユニバーサル・ランゲージ』は『ユニバーサル・デザイン』由来の造語でしょう。ハンズフリーの自動車やAIのことを指すユニバーサル・デザインは練習もトリセツも必要なく、いきなりアクセスすればよいもの。『使えば使える言葉』くらいの意味の題名なのでしょう」と菊地さん。

菊地成孔

音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
ch.nicovideo.jp/bureaukikuchi
本連載をまとめた書籍『クチから出まかせ 菊地成孔のディープリラックス映画批評』が好評発売中。

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