2025.12.19
最終更新日:2025.12.19

『ジャグラー/ニューヨーク25時 4K修復版』|1970年代最後を飾る秀作でありながら来るべき未来を見据えてもいた幻の逸品【売れている映画は面白いのか|菊地成孔】

現在公開中の映画を、菊地成孔が読み解く。

『ジャグラー/ニューヨーク25時 4K修復版』

『ジャグラー/ニューヨーク25時 4K修復版』
©1980 GCC Films, Inc

1970年代最後を飾る秀作でありながら
来るべき未来を見据えてもいた幻の逸品

 権利上の問題があり、長らくソフト化されていなかった幻の一本。不勉強にもまったく知りませんでしたが、これは「発掘良品」系の好編です。1980年公開ですから、最後の’70年代映画。’70年代アメリカ映画のナラティブ(話法)が満載のお手本のような作品。誰が観ても面白い完全無欠の娯楽であると同時に、バスター・キートンにオマージュを捧げたカーアクションなどはシネフィルであればあるほど面白さは倍増するでしょう。お得な映画です。

 元警官、現トラック運転手の娘が手違いで誘拐された。そこから始まる怒濤の追跡劇。とはいえ、リアリズムというよりマンガのような描写、キャラも織り込まれている。移民問題を踏まえた社会性、そして’80年代以降のサイコパスを予見した犯人像も興味深いのですが、注目したいのはこれが後に浄化される前のニューヨークでオールロケされていること。

 タイトルの「ジャグラー」とは曲芸師のことですが、もっと言えば「操っている者」のこと。作劇はこの語句を反映しているとは言えませんが、ニューヨークを操っているのは誰か?という問いに拡張させるとがぜん面白くなる。NYを操るのは、この事件の犯人ではなく、この後、トランプタワーを建てるなど、NYの浄化に経済界から着手するドナルド・トランプその人。この映画が長らく幻で、今ようやく再公開される意味も、たまたまですがここにある。その後のNY史、アメリカ史を鑑みれば、無意識に未来を描いていたとも言える。

 またNYが舞台ならジャズ、という定番をひっくり返し、当時勃興しはじめたサルサミュージックなどを、ロケ映画だから「たまたま映り込んでしまった」くらいの感覚で記録していることも貴重。ロック、ディスコからサルサへ。ジャズ、ソウルからヒップホップへ。その移行の中間地点を画面に収めた映画は意外に少ない。

 ベトナム帰還兵の問題がまったく描かれず、’70年代のほかの名作とは趣が違う。痛みがありそうで、そうでもない。やはり過去に引っ張られるのではなく、未来に呼び出されていると言える作品です。

 おそらく当時の監督交代劇の余波などで再公開が大幅に遅れたようですが、今観るからこそ気づけることがたくさんあります。(談)

『ジャグラー/ニューヨーク25時 4K修復版』

監督/ロバート・バトラー
出演/ジェームズ・ブローリン
12月5日よりシネマート新宿ほか全国順次公開

映画ファンの間では「密かな名作」と呼ばれていた1980年公開作品。主演ジェームズ・ブローリンの骨折により、撮影途中で製作が中断・延期。監督が職人ロバート・バトラーに交代するが、傑作に仕上がった。とにかく走って走って走りまくる映画。シングルファーザーの主人公、荒廃するニューヨークを憂う犯人。活劇、社会派、シネフィル感覚が絶妙に融合している。

菊地成孔

音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
ch.nicovideo.jp/bureaukikuchi
本連載をまとめた書籍『クチから出まかせ 菊地成孔のディープリラックス映画批評』が好評発売中。

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