現在公開中の映画を、菊地成孔が読み解く。
『インランド・エンパイア 4K』
鬼才デイヴィッド・リンチの最高傑作。
意味がわからないが楽しい気分の3時間!
2026年1月15日に一周忌を迎えるデイヴィッド・リンチの『インランド・エンパイア 4K』が公開されます。長編映画としては10本目で最後となる2006年の作品。リンチ自らカメラを回した、初の全編デジタルビデオ作品。
ある女優が撮影中の映画と現実の境目を見失っていく3時間。ビジュアルサービスもさほどないので、ある意味ツラい。クローズアップがめちゃくちゃ多く、主演ローラ・ダーンのアップを延々見続けることになります。
ところが何度観ても、リンチの中でいちばんいいという結論になります。とにかくまったく説明がつかない。脚本もなく、口伝えで、気ままに、何年もかけて撮った映画。なのに『インランド・エンパイア』はキツいよ、という声は聞こえてきません。やはりリンチ映画は本物のアート。特にこれは高級感がある。
あらゆる映画のナラティブを超えていながら、頭が痛くなる前衛ではない。通俗的な暗い名画の引用があり、ちゃんとアメリカ映画している。しかし意味がわからない。けれども観客と断絶しているわけではない。
リンチの世界に因果律はない。だが映画の裏に「正解」のようなものがあるかも、と思わせる。だからある種の観客は探偵にでもなったように「謎」を解こうとする。キューブリックの『2001年宇宙の旅』(1968年)で始まった「何かあるのかもしれない」形式の行き着いた先。
『インランド・エンパイア』にも格好のエサがまかれており、解釈が乱れ飛ぶ。しかし全部が無駄。ここにリンチのヤバさがある。女優も男優も似たような顔の人たちを起用し、同じような芝居をつける。涙目になったり叫んだりトランス状態が延々続く。時間感覚がおかしくなり、眠くもなる。しかも、眠ってしまっても後ろめたさが生じない。これもリンチの特性。
孤高の狂気。そんなイメージがありますが、実はゴダールにも通ずるポップさがあり、楽しい気分にさせる監督。本作では6分にわたる、ミュージカル形式のエンドロールが映画史に残る感動を与えてくれます。怖そうで怖くない。謎がありそうでない。クライムサスペンスと語られがちですが全然そんなことはありません。生まれたときからシネコンがある世代がリンチをどう呪縛から解き放つのか。楽しみです。(談)
『インランド・エンパイア 4K』
監督・脚本/デイヴィッド・リンチ
出演/ローラ・ダーン、ジェレミー・アイアンズ
2026年1月9日より新宿ピカデリーほか全国順次公開
「映画界最後の変人。スピルバーグと同い年」(菊地さん)のデイヴィッド・リンチがミューズ、ローラ・ダーンと繰り広げる終わらない超現実ラビリンス。忌まわしい曰く付き脚本をリメイクした新作映画の舞台裏が、流転の果てポーランドにまで越境する。現代美術家にしてロックな音楽家でもあるリンチの、軽やかで挑発的、意表を突く多幸感も封入された180分。
音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
ch.nicovideo.jp/bureaukikuchi
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