2026.03.15
最終更新日:2026.03.15

『しあわせな選択』|元気で楽しく面白い! 60代を迎えたパク・チャヌク、理想的な新境地【売れている映画は面白いのか|菊地成孔】

現在公開中の映画を、菊地成孔が読み解く。

『しあわせな選択』

『しあわせな選択』
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元気で楽しく面白い! 60代を迎えた
パク・チャヌク、理想的な新境地

 初老らしく撮らねば、と思いすぎたのかパク・チャヌクの前作『別れる決心』は、前半は斬新なカメラワーク、後半は大人のメロドラマでした。それもどこか松本清張風で。

 彼は一貫して、原作があったほうがいい。『オールド・ボーイ』しかり『お嬢さん』しかり。『別れる決心』には原作がなかった。今回はある。ギリシャの社会派コスタ=ガブラスも映画化した『斧』(2005年/日本では映画祭のみの公開)。

 前作の反省があったのでしょう、突き抜けた。まだまだ元気に撮るぞという意欲に満ちた痛快作。念願のマイホームを手に入れたものの、会社をクビになり、再就職のために殺人に手を染めることになる男の顚末。残虐になりそうでならない。楽しいが、ただの喜劇ではなく、実質ミュージカルでもある。韓国映画のお家芸だったエゲツなさを封印。上品に伏線回収を積み重ね、最後の最後に全部がわかる構造。この焦らしは、古きよきとも言えるし、Netflix流に慣れた世代は退屈する可能性もある。

 Netflixと言えば、最近では『イカゲーム』の人と思われがちでもあるあのイ・ビョンホンがイイ男をかなぐり捨てていて、かなりいい。Netflixをイジるコント的な側面もある世界観の中、ただ“面白い顔の人”でそこにいて、大活躍。

 電撃やら衝撃やらには目もくれず、こざっぱりとした和テイストで、低温のままゆっくり煮詰める話法。『刑事コロンボ』へのオマージュがあり、おそらくヒッチコックへの目配せもある。『パラサイト 半地下の家族』や『万引き家族』を踏まえつつ、追随はしない。ホームドラマなのに絆で泣かせず面白くすることしか考えていない。全体的にバスター・キートンの映画に近い。主人公がドタバタしている間に終わる。破滅か再生かのサスペンスもない。ギャグが練られた’80年代殺人コメディの趣も感じる。

 若い頃ハチャメチャやってた人が大人になると芸術や政治など真面目路線に転向する。転向者は大抵シリアス。面白いほうに向かうのは珍しい。ひょっとするとYMO以来ではないか。渋いが面白いという転向の逆コース。

 エグい21世紀にアンチテーゼを突きつけるエコなメッセージもあるが、それすら映画が面白すぎてどうでもよくなる。あくまでも寸止めで見せきるパク・チャヌク62歳の新境地!(談)

『しあわせな選択』

監督/パク・チャヌク
出演/イ・ビョンホン、ソン・イェジン
3月6日よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国公開

ドナルド・E・ウェストレイクの小説『斧』を映画化。イ・ビョンホンと『JSA』以来21年ぶりに顔を合わせたパク・チャヌクの最新作。妻子とのバーベキューで多幸感に包まれる健全な中年男が、長年勤めてきた製紙会社を解雇され、幸せなマイホームライフを奪われる。再起のために彼が選択した意外な方法とは…。過剰に見えて実はシック。知性と才気にヤラれる傑作。

菊地成孔

音楽家、文筆家、音楽講師。最新情報は「ビュロー菊地チャンネル」にて。
ch.nicovideo.jp/bureaukikuchi
本連載をまとめた書籍『クチから出まかせ 菊地成孔のディープリラックス映画批評』が好評発売中。

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