2025.10.26
最終更新日:2025.10.26

『消費と労働の文化社会学』|「好き」を搾取する社会に抗う【新連載 BOOKレビュー 働くを再設計する|読書猿】

『消費と労働の文化社会学』

『消費と労働の文化社会学』

「好き」を搾取する社会に抗う

 消費社会は、「欲望の自己管理」を通じて労働者を巧妙に生み出してきた。まず人々に欲望を植えつけ、その欲望を満たすために働くことを「自己実現」という言葉で巧妙に正当化したのだ。

 このことは、本書で谷原が指摘するサラリーマン雑誌の変遷を見れば明らかである。かつて「組織への忠誠」が美徳だった労働者像は、次第に「自己啓発を通じて自己を磨く個人」へと書き換えられていった。その結果、「自己投資」としての消費は、終わることのない無限の競争を労働者に強いる仕組みへと変貌した。

 永田が鋭く批判する「二次創作」もまた、この構造の典型である。「創作」を行う主体が単なる消費者として再定義された瞬間から、彼らの創造性は無償で利用可能な「情熱資本」へと組み込まれた。消費社会は、労働者を「ファン」「ユーザー」として熱狂させ、彼らを自主的な創作者としての立場に置くことで、労働を自己責任化し、報酬のない労働を半ば当然のものとして受け入れさせたのである。

 アイドルやメイドカフェに代表される文化産業はさらに「親密さ」や「情動」といった個人の内面まで商品化してしまう。ここで消費されるものはモノではなく感情そのものであり、その生産者(アイドルやメイド)は「好き」や「楽しい」を原動力に働く労働者となった。消費社会はこうして人々の「好きを仕事にする」夢や希望さえも巧みに利用し、それを通じて「情熱に基づく自己管理」という新たな労働倫理を労働者自身に内面化させる。

 では、こうした社会の中で抵抗は可能なのか。本書は、当事者が日常生活の細部において静かに積み重ねる「小さな戦術」の中にこそ、その可能性があると示唆する。例えばあえて正社員として働き安定を得ることで、自らの音楽活動の自由を守るバンドマンや施主との個人的な信頼を軸に、競争原理から一定の距離をとるフリーランスの建築家の事例がヒントとなる。

 情熱資本主義を批判し、新たな自由のあり方を生み出す道筋は、このような「好き」を守る小さな実践の中に隠されている。

『消費と労働の文化社会学』

永田大輔・松永伸太朗・中村香住編
ナカニシヤ出版 ¥2,970

『消費と労働の文化社会学』は、「やりがい搾取」=低報酬・高コミットメント型労働の闇を、複数の研究者が社会学のメスを振るい、鮮やかに解剖していく論文集だ。編者の永田大輔らは、情熱を燃料にして搾取が推し進められていく社会の「消費」と「労働」と「文化」の関係性を、単に外側から告発するだけではなく、当事者の生活の細部に宿る抵抗や工夫に着目しながら、繊細に描き出す。

読書猿

正体不明の読書家。著者に『アイデア大全』『問題解決大全』(ともにフォレスト出版)、『独学大全』(ダイヤモンド社)、『苦手な読書が好きになる! ゼロからの読書教室』(NHK出版)などがある。

RECOMMENDED