2025.07.24
最終更新日:2025.07.24

『数の進化論』|1を素数にしてもいいけど、お前らそんな根性あんのか【BOOKレビュー 武器になる本、筋肉になる本|千野帽子】

読書をすることは自身の武器になり、血と肉にもなる。千野帽子さんお薦めの今月の一冊は?

『数の進化論』

『数の進化論』

1を素数にしてもいいけど、
おまえらそんな根性あんのか

 日本語で中学高校の科目名と大学・学界の学問名は違う。「生物」「地理」ではなく生物学、地理学。でも「数学」は中学からもう「学」がついている。中学時代からそれがカッコいい気がしてた。

 数学は学校を卒業したら使わないものの代表あつかいされることがある。するとすぐに、数学が現代生活を支えるすべての技術を支えているという反論が来るところまでセットになっている。

 たとえばカード決済や銀行振込の取引の暗号化には、〈150桁を超えるような素数をかけあわせた数が鍵として使用されている〉(第5章)。量子コンピュータで高速で素因数分解できるアルゴリズムが実用化されてしまったら、〈世界の金融取引はすべて現金に戻るしかなくなる〉という。〈情報通信企業は目下〔…〕量子コンピュータになってもセキュリティが保たれる暗号の開発に必死になって取り組んでいる〉。

 でも学者を研究に赴かせる原動力は、実用目的より「おもしろさ」という、学問それ自体への興味関心にありそうだ。

 編集者との対話形式で構成された本書は、数学の始まりが割り算にある、という印象的なツカミではじまる。時間のシステムに残る六〇進法が古代バビロニアで採用されたのが〈約数が多い〉から、というのは、改めて感心する話だ。以降、「ゼロ」「無理数」「負の数」「素数」「無限」「abc予想」などの話題が続く。

 終盤のセンス・オヴ・ワンダーがすごい。今後の数学では〈確率論的にしか正しさが担保できないとき、従来的な意味での「プロセス」では証明を書いてみせることができない定理もあり得るのではないか〉というのだ。〈決定論的な数学から、統計的・確率的な数学の見方へ〉。

 人によってどの話題をおもしろく感じるかは違うだろう。僕は『ジョジョの奇妙な冒険』第六部のプッチ神父に学んで、取り乱しそうなときは素数を数えるミーハーなので、やっぱり素数の話がおもしろかった。〈1を素数にしてもいいけど、おまえらそんな根性あんのか〉にはさすがに笑った。

『数の進化論』

加藤文元著
文藝春秋 ¥990

著者は1968年仙台市生まれ。京都大学大学院理学研究科数学・数理解析専攻博士課程修了。九州大学大学院助手、京都大学大学院准教授、東京工業大学教授を経て株式会社SCIENTA・NOVA代表取締役、ZEN大学教授。『宇宙と宇宙をつなぐ数学 IUT理論の衝撃』(角川ソフィア文庫)で八重洲本大賞受賞。著書『ガロア 天才数学者の生涯』(同)、『数学する精神 正しさの創造、美しさの発見(増補版)』(中公新書)など。

千野帽子

文筆家、俳人。パリ第4大学博士課程修了。著書に『青ひげ夫人と秘密の部屋』(光文社)、『人はなぜ物語を求めるのか』(ちくまプリマー新書)など。訳書にトマス・パヴェル『小説列伝』(水声社)。

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