2026.03.29
最終更新日:2026.03.29

【ルネ・マグリット】目に見えるものの背後に隠された世界とは?【明日話したくなるアートの小噺/筧菜奈子】

目に見えるものの背後に隠された世界とは?

ベルギーの画家ルネ・マグリット イラスト

自分からは死角となっている場所で実は不可思議なことが起きているのではないか──。そんな、子どもじみた、けれど抗いがたい妄想に取り憑かれたことはないだろうか。

たとえば、今あなたが手にしているこの「UOMO」。読み終えてページを閉じた瞬間、誌面のモデルたちはポーズを解き、自由にダンスを踊りだしているかもしれない。あなたが再びページを開くコンマ一秒前、彼らは何食わぬ顔で静止し、衣服が最も魅力的に見えるポーズへと戻るのだ。…バカげた空想だと笑われるだろうか。だが、その可能性を完全に否定する術を私たちはもっていない。

ベルギーの画家ルネ・マグリットは、まさにそんな「目に見えるものの背後に隠された世界」を描き出そうとした作家だ。

彼の作品は、静かな違和感に満ちている。空は快晴の昼間なのに、地上は夜の闇に沈む風景画。部屋の中央を巨大なリンゴが占拠する室内画。顔面を花に覆われた人物画。見慣れた日常が、あり得ない秩序で再構成されるとき、私たちの現実に対する確信は揺らぐことになる。

興味深いのは、これほど不可思議な絵を描いたマグリットの私生活が、驚くほど普通だったことだ。彼は人生のほとんどをブリュッセルの地味なアパートで過ごした。23歳で幼馴染と結婚し、アトリエさえ持たず、食堂の片隅で規則正しく筆を握った。外出時は常にダークスーツに山高帽。その姿は、当時どこにでもいる退屈な事務員にしか見えなかったという。

しかし、その凡庸さの裏には深い闇が潜んでいた。幼少期に母が川に身を投げて自死したという記憶だ。そして、彼自身も長く自殺願望に苛まれていた。「目に見えるものは、常に別の何かを隠している」とマグリットは述べた。キャンバスの中では日常の裏側を暴き出す一方で、現実の彼はどこにでもいるスーツ姿という仮面を纏うことで、心の闇を隠し通そうとしたのかもしれない。

現在、そんなマグリットの作品を含む『拡大するシュルレアリスム』展が、大阪中之島美術館で開催中(3月8日まで)だ。扉を開けた瞬間、あなたが信じていた現実は心地よく裏返ることになるだろう。

筧 菜奈子

東海大学教養学部芸術学科准教授。専門は現代美術史、装飾史。研究のほか、イラストやデザインなどでも幅広く活躍中。近著に『いとをかしき20世紀美術』(亜紀書房)ほか。

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