2026.02.04
最終更新日:2026.02.04

【ソル・ルウィット】作品を作らず「指示」する作家がいた【明日話したくなるアートの小噺/筧菜奈子】

作品を作らず「指示」する作家がいた

ソル・ルウィット イラスト

 アイデアだけは湧いてくる。あとは誰かが実行してくれたら──そんなふうに思ったことはないだろうか。実は、この発想を制作の根幹に据えた芸術家がいる。アメリカの作家、ソル・ルウィット(1928–2007)だ。

 ルウィットは、完成した作品よりも、作品を生み出す「考え方」や「プロセス」に価値があると考えた。代表作は、1968年に始めた「ウォール・ドローイング」。壁一面に、色とりどりの線や図形が広がる壮大な作品だ。初期こそ自ら描いていたが、やがて描く行為を他者に委ね、自身は文章や図面による「指示書」の制作に専念するようになった。

 こうして生まれた作品は、没年までに1300点を超えた。ルウィットの代わりに制作を担うのは「ドラフツマン/ドラフツウーマン」と呼ばれる人々で、必ずしもプロの画家ではない。友人、ギャラリスト、大学生など、背景は実に多様だ。

 面白いのは、指示書がどれほど精密でも、実行する人の数だけ解釈が生まれるという点だ。線の勢い、手の癖、ほんのわずかな迷い。そうした差異が、作品の表情を変えてしまう。だが、ルウィットにとって、その揺らぎこそが作品を豊かにする重要な要素だった。

 この思想には、彼の音楽好きな一面が透けて見える。音楽において、作曲家は楽譜を書くが、実際に音を奏でるのは演奏家だ。同じ曲でも演奏家によって表情は変わり、その差異が作品を豊かにする。そして何より重要なことは、楽譜が残るかぎり、作曲家がいなくとも作品は演奏され続けるということだ。

 ルウィットが望んだのは、まさにこの状態だった。彼の作品は、現在も財団が認めたドラフツマンにより、制作され続けている。作品制作は作者の死を境に止まるのではない。その後も他者の手によって永久に生み出され続けるのだ。

 日本では、東京国立近代美術館に恒久設置作品がある。この制作には、日本の人々が携わった。そしてちょうど2025年12月25日からは、東京都現代美術館で大規模展『ソル・ルウィット オープン・ストラクチャー』が始まる。ルウィットの、けっして終わることのない創造の現在地に、ぜひ立ち会ってみてほしい。

筧 菜奈子

東海大学教養学部芸術学科准教授。専門は現代美術史、装飾史。研究のほか、イラストやデザインなどでも幅広く活躍中。近著に『いとをかしき20世紀美術』(亜紀書房)ほか。

RECOMMENDED