意外と身近にある身体で味わう彫刻とは?
日本に「世界最大の彫刻作品」が存在することをご存じでしょうか。
それは、北海道札幌市の「モエレ沼公園」です。広さ189ヘクタール、東京ドーム約40個分に相当するこの地は、公園全体がひとつの彫刻作品として構想されています。人工の山や独創的な遊具、噴水、円形のビーチなど、多様な要素が一体となり、かつてのゴミ埋立地が、世界でも稀に見る芸術作品へと生まれ変わりました。
手がけたのは彫刻家イサム・ノグチ。日本人の父とアメリカ人の母をもち、両国を往来しながら活動した彼は、戦後日本の彫刻を国際舞台へと押し広げた存在です。大地をも素材とするそのスケールの大きさから、「地球を彫刻した男」とも呼ばれます。
多くの彫刻作品は目で見るだけのもの。しかしノグチの作品は違います。作品の上で寝転び、走り、滑る──身体全体で体験し、自らもその一部になることができるのです。その背景には、二度の世界大戦を経験したノグチの切実な願いが込められていました。それは、作品を通じて人々が集う空間を生み出し、傷ついた心を回復させたいというものです。その夢を、彼は晩年にモエレ沼公園で実現させました(実際には、ノグチはマスタープランを残して亡くなり、その遺志を継いだ人々が17年をかけて2005年に完成へと導きました)。
とはいえ、北海道まで足を延ばすのは容易ではないかもしれません。もっと身近に、家の中でいつでも楽しめるイサム・ノグチの作品もあります。照明家具の《AKARI》です。岐阜の和紙と竹を素材とし、やわらかな光を透かすこのシリーズは「光の彫刻」と呼ばれています。火を囲んで過ごしていた人類の古い記憶を呼び起こすかのように、この光の彫刻は、まわりに集う人々を温かな光で包み込みます。
壮大なランドスケープから身近な灯りまで。ノグチの作品は、人間の営みを広大な空間や悠久の時間と結びつけ、ふとした瞬間に「自分もこの大きな流れの一部である」と思い出させてくれます。忙しい日常の中で見失いがちな自分を取り戻す時間を、作品と共にもってみてはいかがでしょうか。
東海大学教養学部芸術学科准教授。専門は現代美術史、装飾史。研究のほか、イラストやデザインなどでも幅広く活躍中。近著に『いとをかしき20世紀美術』(亜紀書房)ほか。