2024.02.19

『New Blue Sun』André 3000|フリーダムすぎるアトランタの伝説【超初心者のためのHIPHOP STARTUP|長谷川町蔵】

「ヒップホップとは」を長谷川町蔵さんが初心者にもわかりやすく解説する。

『New Blue Sun』André の画像_1

今回のアーティスト&作品

『New Blue Sun』 André 3000


『New Blue Sun』
André 3000

Sony Music Labels


 1995年。ヒップホップ雑誌「THE SOURCE」主催「ソース・アワード」の会場には不穏な空気が立ち込めていた。当時反目していたニューヨークとLAのラッパーたちが今にも乱闘を始めそうな様子だったからだ。しかし最優秀新人賞を獲得した南部アトランタのラップ・デュオ、アウトキャストのアンドレ3000は怒号が飛び交う中、不敵な笑みを浮かべこう言い放った。「おいおまえら、サウスにも言いたいことがあるんだから聞いとけよ!」。これはヒップホップの歴史的転換点となった。なぜならこれをきっかけにアトランタのシーンが注目されるようになり、現在では「ヒップホップの首都」と見なされているのだから。その功労者であるアンドレは粘りっこいフロウとシュールなリリックで、今なお「史上最高のラッパー」の一人として名前が挙げられることが多い。


 ところがこの人、いわゆるラッパーだった時期が実質5年ほどしかない。次第にサウンドづくりに熱中するようになった彼は、ラップは相方ビッグ・ボーイに任せて自分は歌うようになり、主導権を取った曲ではサイケでロックなR&Bを披露。2006年にデュオが活動停止すると、アパレルブランドを立ち上げたり、子ども向けアニメ番組を制作したり、映画でジミ・ヘンドリックスを演じたりとフリーダムな活動を行うようになった。気が向くと友人のアルバムにゲスト参加し相変わらずの鋭いラップを聞かせながらも、自分の作品は頑として発表しなかったのである。そんなアンドレが先日、長い沈黙を破りついにソロアルバム『New Blue Sun』を発表した。ところがこの作品で彼はラップも歌もやっていない。それどころかビートすら鳴っていないのだ。その内容は幽玄なアンビエント・サウンドの中、アンドレが自ら吹くフルートやスチールギターが宙を舞うインスト集。よく言えばスピリチュアル・ジャズ、悪く言えばヨガのBGMだ。しかしあえて周囲の空気を読まずに自分のやりたいことをやってみたという意味で、アンドレは1995年当時からまったく変わっていない。本作も紛うことなきヒップホップなのである。



長谷川町蔵
文筆家。とてもわかりやすいと巷で評判の、大和田俊之氏との共著『文化系のためのヒップホップ入門1〜3』(アルテスパブリッシング)が絶賛発売中。


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