学びが多く、過去を考えさせられる、おとなのラブコメ作品

——『おとなの恋には嘘がある』(2013年)です。いかがでした?

ジェーン・スー(以下、スー):見ごたえがありました。それぞれの役割がはっきり分かれているわりには、共感する登場人物が多い作品。ラブコメ映画だけど落ち着いてるし。バタバタな物語になるはずのあらすじなのにね。

高橋芳朗(以下、高橋):そうなんだよね。トレーラーを見た時点ではこんなにいぶし銀で滋味あふれる映画だとは思わなかったよ。では、まずは簡単にあらすじを。「離婚後も充実した日々を送るボディセラピストのエヴァ(ジュリア・ルイス=ドレイファス)は、名門大学に合格した娘エレン(トレイシー・ファアラウェイ)の独り立ちの日が迫るにつれて寂しさを覚えていた。そんなとき、彼女は友人のパーティーで自分と似た境遇の男性アルバート(ジェームズ・ガンドルフィーニ)と出会ってお互いに惹かれ合っていくことに。さらにエヴァは同じパーティーで知り合った新しい顧客の詩人マリアンヌ(キャサリン・キーナー)とも意気投合、身の上を語り合うまでの間柄になった。だがその後、実はアルバートとマリアンヌは元夫婦だったことが判明。マリアンヌからアルバートのダメ男ぶりを聞かされるなか、エヴァはふたりの関係に気づかないフリをして恋と友情を継続させようとするが…」というお話。

スー:エヴァはフリーのセラピストとして顧客の家をまわっているのよね。だからこそ、いろいろ起こる。それはさておき『恋するベーカリー』(2009年)もそうだったけど、子離れと大人の恋愛が並行する作品って、我々世代にはグッとくるものがあるね。思春期の子どもならではの不安定さの描写も、丁寧で良かった。

高橋:エヴァの娘エレン(トレイシー・フェアラウェイ)、エレンの友だちのクロエ(タヴィ・ケヴィンソン)、そしてアルバートの娘テス(イヴ・ヒューソン)。この三人の存在と魅力が物語に奥行きを与えていたのは間違いないね。

スー:それぞれに違った個性があるんだけど、三人に共通しているのは、“親からぞんぶんに愛されたい”っていう願い。本筋からは逸れるけど、娘たちの思いが乱反射する場面も見ごたえあり。たとえば、アルバートとエヴァと、アルバートの娘のテスが食事をする場面。不躾にもテスがエヴァの娘エレンが行く予定の大学を悪く言うじゃない? あれは「パパの恋人(の娘)に負けたくない」っていう気持ちの表れよね。強がってマウントとってはいるけど、自分に自信が無いのよ。風邪を引いたときにお母さん(マリアンヌ)に甘える姿を見ても、まだまだ子どもだなって思ったわ。エレンの友達のクロエは、お母さんが女として娘と張り合うことに悩んでる。甘えられないから寂しいのよ。親友エレンの母親であるエヴァに甘える姿も健気だしね。あの愛を欲しがる子どもたちの描写はどれもよかった。

高橋:その三人に対するエヴァの向き合い方も素晴らしかったな。実生活でお手本にしたいぐらい。エヴァとアルバートとクロエの三人の朝食シーンなんてそれぞれの関係性を考えるとかなり不思議な集まりなんだけど、ここでもクロエの健気さと人懐っこさが場を和やかにしてるんだよね。この場面なんかも含めて、一旦映画のテーマをつかむとあちこちに織り込まれたメタファーの意義がわかりやすく浮かび上がってくるようなところがある。それがまたストーリーの推進力をどんどん高めていく構造になっていて。

——では、今作のメインテーマはなんでしょう?

高橋:誰かと生活を共にすることの難しさ、かな。ニッチかもしれないけど良いテーマだなって。

スー:そうね。この題材を、敢えてラブコメ映画でコミカルにやるところが好き。「自分にとってはダメな相手でも、他人にとって最高の人は存在する」とか「同じ人でも、時間の経過や環境の変化で相性は変わる」っていうことを教えてくれるよね。


「元夫にはおとり商法みたいに釣られたわ。最後は嫌悪感しかなかった。許せないことが多すぎたのよ」ーーマリアンヌ


高橋:エヴァの顧客のハル(クリス・スミス)の存在なんかはそのわかりやすい例だよね。エヴァはまったく気が利かない彼に大きな溝を感じていたんだけど、対応次第ではぜんぜん良い関係が築けそうなことをさらっと示唆している。

スー:うん、彼は言わなきゃわからない人ってだけだったしね。他者の批判よりも当事者同時のコミュニケーションが大切ってことかな。大人のテーマだな。

高橋:コミュニケーションということでは、エヴァの友人のサラ(トニ・コレット)と彼女が雇ってる家政婦キャシー(アンジェラ・ジョンソン=レイエス)のやりとりも興味深かった。さっきのハルのケースと同じように、ちゃんと向き合えば案外簡単に解決することも世の中にはたくさんあるんだよね。

スー:でも、現実社会だと妥協にも限度はあるよなー。最初にアレ? って思ったことが、最後の引き金になりがちだし。

高橋:それでいくとマリアンヌとアルバートが出会って間もないころのエピソードが印象的だった。マリアンヌはナイトテーブルを持っていなかったアルバートに対して当初は違和感を覚えながらも「ボヘミアンっぽくて素敵」と思っていたんだけど、離婚した今となっては「ナイトテーブルを持っていないのは人生を築けないことのメタファー」なんて言い出す始末(苦笑)。

スー:あれはひどい。タチの悪い占いみたいだったね。マリアンヌは難しい人だったな。ジョニ・ミッチェルと友だちだしね(笑)。アルバートとマリアンヌは合わなくて当然なのよ。だってアルバートと気が合うエヴァがマリアンヌと正反対なんだから。

高橋:正反対だからこそエヴァはマリアンヌに憧れるんだよね。彼女に影響を受けて家に入るときは靴を脱ぐようにしたり。

スー:あれも身に覚えがあるわ。素敵な人の生活様式って、付け焼き刃で真似したくなるもの。そういうところがエヴァの庶民的な隙というか人間らしさで、私は親近感を持ったな。


「まるでホテル・アルバートの口コミ情報を見てるみたい。ダメなホテル(男)は避けたいでしょ? マリアンヌは彼の愚痴ばかり言うの。けど、きっと事実よ、彼女は賢いもの」ーーエヴァ


——そんなエヴァはアルバートが元夫のダメ男だとわかって、マリアンヌの影響をすごく受けてしまいますよね。

高橋:めちゃくちゃいい感じで関係を深めていた過程だったのにね。マリアンヌのアルバートに対する批判をエヴァがそのまま彼への当てこすりに使っていたのはちょっと見ていてきつかったな。

スー:マリアンヌの元夫とわかってからの批判的なエヴァに戸惑うアルバートの姿は見てられなかった。エヴァは自分の友だちの前で、アルバートをちょっとバカにしてしまうんだよね。で、帰りの車中でアルバートが放つセリフが「できないことが、そんなに問題なのか?」って。エヴァはジョークのつもりでも、アルバートってとても繊細な人でしょ。アレは傷つくよね。我が身を振り返りました…。ああいうこと、過去に絶対にやっている。やりまくっている。

高橋:同じく。しかも、きっとこれからも調子に乗ってやってしまうことがあるんだろうな(苦笑)。いや、この映画は本当に学びが多いんだよ。

スー:うんうん。お互いに好意を持っているとわかったとき、エヴァとアルバートは、相手に歩み寄ろうとしたんだよね。芝生を抜くシーンとか、ペディキュアのシーンとかがそう。いじらしくて良かった。ああいうのに、年齢って関係ないんだって思って。相手に好かれたい気持ちが強いフェイズってあるよね。

高橋:エヴァとアルバートが歯を見せ合うシーンもよかった。あれはお互いのこれまでの人生をさらすことのメタファーになっていると思うんだけど、アルバートがなかなかエヴァに歯を見せようとしないのがおもしろい。彼はこれまでの人生で自分がなにをサボってきてなにがダメだったのかを重々承知していて、それが歯の治療に反映されているということだよね。アルバートは自分でダメだとわかっていても治すつもりはないし、エヴァにそれを指摘されるのも予想できるから面倒くさくて歯を見せたがらない。


「やるべきことは分かってたはずだ。俺らの関係を守ることは考えなかった? 俺には無理だ。心を打ち砕かれた」ーーアルバート


スー:あそこは制作陣の中の誰かの実体験かもね。そうそう、ここ数回“おとなラブコメ映画”を続けざまに観て思ったんだけど、大人の恋になると“相手が自分に何をしてくれた”じゃなくて、“ふたりでいるときの会話がどれだけ楽しいか”が決め手になるんだなって。

高橋:エヴァとアルバートは最初の出会いのときから会話のテンポやユーモアの相性がよかったもんね。エヴァの「もうおもしろいこと言うのに疲れた」ってセリフにはぐっときたな。

スー:あれはいいセリフ! ふたりはユーモアのセンスが合ってた。アイスクリーム屋でのやりとりもよかった。お互いの娘の写真を見せあうエヴァとアルバートの場面ね。アルバートに写真を見せられたとき、エヴァがちょっと後ろに体を引くじゃない? あの老眼ムーブがリアリティありすぎで笑ったわ。登場人物に中年が多いから、「あるある」的な共感も多い。エヴァが変に物わかりのいい大人ぶってなくていいよね。ちゃんとうろたえるし喜ぶし、素敵な大人だよ。

高橋:あとエヴァと彼女の元夫のピーター(トビー・ハス)の関係はこりゃ離婚も納得って感じだったけど、エレンをニューヨークに送り出すシーンではちゃんと夫婦に戻っていたのが印象的だった。『恋するベーカリー』の息子の卒業式のシーンのメリル・ストリープとアレック・ボールドウィンがオーバーラップしてきたよ。

スー:夫婦というより、お互い親としての労いなんだろうな。ところで、マリアンヌの批判とはうらはらに善人として描かれているアルバートについて、どう思う?

高橋:マリアンヌのアルバート批判のひとつに「ワカモレのタマネギを避けて食べること」というのがあったけど、確かにああいう部分は気になるといえば気になる。

スー:そうなのよ。アルバートって、いい人だから魅力的だけど、長く一緒に暮らすのには大変なんだろうなとも思った。「この人に自分のことを理解して欲しい」と思わせるなにかがあるタイプなんだけど、わかってくれないという。元妻であるマリアンヌも「結局、アルバートは私のことは理解してくれなかった」って言ってたしね。

高橋:マリアンヌはアルバートとエヴァが交際していることが判明したときもめちゃくちゃ落ち込んでいたもんね。自分が三下り半を突きつけた相手に信頼の置ける友人が可能性を見出しているのは確かに複雑なものがあるかもな。

スー:マリアンヌの気持ちもわからなくもないの。アルバートってけっこう曲者よ。傷つきやすいけど、人の傷には鈍感そう。予想するに、結婚生活でマリアンヌはアルバートにめちゃくちゃ傷つけられたんだと思う。でも、アルバートはいまだそれに気づいていない。執着が残るよね。別れた夫の悪口ばかり言ってるってことは…マリアンヌは実はアルバートに依存してるのよ。いつまでも自分が被害者だとしか思えないアルバートにね。

高橋:マリアンヌがアルバートに依存かー、その視点は目から鱗だわ。そういえばアルバートはエヴァとマリアンヌが友だちだったことがわかったときに「俺たちの関係を守ることは考えられなかったのか?」って自分が傷ついていることをやたらと強調していたよね。

スー:うん、アレはすごく問題だと思った。アルバートは無自覚だと思うけど、人に罪悪感を持たせるのがうまいタイプ。罪悪感で他者をコントロールするタイプだよ。

高橋:うわー、罪悪感で他者をコントロールなんて最悪だ! 自分はそんなことしないように気をつけよう。

スー:なにせアルバートは無自覚だからね。アルバートはアルバート自身で解決しなきゃいけない、個人的な問題が根深そう。

高橋:ラストは一応のハッピーエンドではあったけど、エヴァとアルバートの関係はまだまだこれからってことなんだろうね。

スー:“一応”でしかないよね。エヴァと一緒にいることで、アルバートが自分の加害性に気づけるようになるといいけど…。


『おとなの恋には嘘がある』

監督:ニコール・ホロフセナー
出演:ジュリア・ルイス=ドレイファス、ジェームズ・ガンドルフィーニ、キャサリン・キーナー、トニ・コレット
公開:2014年4月4日(日本)
製作:アメリカ

Photos:AFLO

ジェーン・スー

東京生まれ東京育ちの日本人。コラムニスト・ラジオパーソナリティ。近著に『これでもいいのだ』(中央公論新社)『揉まれて、ゆるんで、癒されて 今夜もカネで解決だ』(朝日新聞出版)。TBSラジオ『生活は踊る』(月~金 11時~13時)オンエア中。

高橋芳朗

東京都港区出身。音楽ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ、選曲家。「ジェーン・スー 生活は踊る」の選曲・音楽コラム担当。マイケル・ジャクソンから星野源まで数々のライナーノーツを手掛ける。近著に「生活が踊る歌」(駒草出版)。

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