2020.04.30

ジェーン・スー×高橋芳朗愛と教養のラブコメ映画講座Vol.25『恋のためらい/フランキーとジョニー』

中年男の孤独、アラサー・アラフォー女性の不安…。アル・パチーノとミシェル・ファイファーが奏でる大人の恋の物語を紹介します。

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大人の孤独を描くラブロマンスの中に、ラブコメ演出を見る

--今回の作品は、アル・パチーノとミシェル・ファイファー主演の『恋のためらい/フランキーとジョニー』(1991年)です。

ジェーン・スー(以下、スー):この作品、私は初めて観たんだけど…ニューヨークの『101回目のプロポーズ』だ! って思った(笑)。とは言え、典型的なラブコメ映画ではないよね?

高橋芳朗(以下、高橋):そうだね。平たく言うならば、過去に苦い経験を持つ男女が惹かれ合う大人のラブロマンス、といったところかな。ただこの映画、監督を務めているのが『潮風のいたずら』(1987年)や『プリティ・ウーマン』(1990年)、それから『プリティ・プリンセス』(2001年)などでおなじみのラブコメディの名手、ゲイリー・マーシャルなんだよね。しかも、あの『プリティ・ウーマン』の次に撮った作品だったりする。そんな経緯もあって劇中にはラブコメ的演出がふんだんに盛り込まれているし、その筋のファンでもきっと楽しめるんじゃないかということで今回ピックアップしてみた次第。

スー:なるほど、そういう理由があったのね。

高橋:では、まずはあらすじを簡単に。「詐欺罪で服役していたジョニー(アル・パチーノ)は出所後、妻子と別れてマンハッタンのダイナーでコックとして働くことに。やがて彼は、同じ店で働くウエイトレスのフランキー(ミシェル・ファイファー)に心惹かれ始めるが、熱心に彼女をデートに誘っても断られてばかり。実はフランキー、過去のつらい恋愛経験から二度と恋はしないと誓っていたのだった。それでも、フランキーはジョニーと接していくうちに徐々に彼に好意を抱いていく…」というお話。この映画自体は1987年から上演されている戯曲『Frankie and Johnny in the Clair de Lune』を映画用に脚色したものなんだけど、劇中でもたびたび触れられている通り、このフランキーとジョニーの恋物語はアメリカのトラディショナルソングに基づいてる。

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スー:ふたりを近づける鍵になってるよね。ちなみに、どんな歌? 高橋:ざっくり言うとフランキーが浮気した恋人のジョニーを射殺するという物騒な内容で、19世紀に実際にあった事件がモチーフになってるんだって。ボブ・ディランやスティーヴィー・ワンダーも取り上げたことがあるスタンダードだね。ちなみに、タイトルバックで流れるテレンス・トレント・ダービーの「Frankie and Johnny (A Man and a Woman)」はこの映画用に書き下ろされた同名異曲なのでお間違えのないように。 スー:ユーモラスな曲調に反して、随分パンチのある歌詞だわね。これを口説き文句に使おうって考えるのが、ジョニーのへこたれなさというかなんというか…。ラブコメ的演出についてはどう? 高橋:いちばんわかりやすいのは、フランキーとジョニーが花市場で初めてキスするシーン。ふたりの後方に停めてあったトラックのコンテナが開いて画面がたくさんの花で埋め尽くされるロマンティックな演出は超ラブコメ的だよね。他にもジョニーがフランキーをデートに誘うときに電話口でフランク・シナトラの「Saturday Night (Is the Loneliest Night of the Week)」を歌う場面だったり、ジョニーがジャガイモで薔薇の造花をこしらえてフランキーにプレゼントするくだりもそう。フランキーとコーラ(ケイト・ネリガン)の絶妙なコンビネーションで客のセクハラおやじを撃退するシーンなんかもすごくラブコメっぽい一幕だよね。あとこれは以前扱ったレベル・ウィルソン主演の『ロマンティックじゃない?』(2019年)でも揶揄されていたけど、フランキーの良き理解者であるゲイの友だちティム(ネイサン・レイン)の存在もラブコメのお約束ではある。
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「君とテレビを見るのは楽しいし、ずっと友達でいたい。でも本当の人生は外の世界にある、傷つくのを恐れてちゃダメだ」--ティム


スー:確かに。ティム(ネイサン・レイン)の立ち位置なんかは、ここ10年は「都合のいい存在として描かれ過ぎ」と指摘されがちなところだね。良くも悪くも数々のラブコメ的演出ステレオタイプが散りばめられてる。

高橋:具体的にどこがポイントになったのかはわからないけど、この映画のゲイ描写に関してはGLAAD(中傷と闘うゲイ&レズビアン同盟)から「LGBTコミュニティと彼らの生活に影響を与える問題を公正、正確、包括的に表現している」としてメディア賞最優秀作品賞が贈られているみたいだね。ちなみにラブコメ的な演出は他にもまだたくさんあって、たとえばダイナーで倒れた客を手当てしながらジョニーがフランキーをデートに誘うくだりなんかもすごくラブコメっぽい。アル・パチーノの貫禄で稀釈されちゃってるところがあるけど、もっと若い役者が演じていたらわりとオーソドックスなラブコメ映画になるお話だと思うよ。

スー:言われてみれば、その通りだね。ミシェル・ファイファーもそう。このふたりってさ、同じゲイリー・マーシャル監督の『プリティ・ウーマン』の主演候補にも挙がっていたよね? 想像してみるに、これもリチャード・ギアとジュリア・ロバーツが演じていたら、わかりやすくラブコメ映画っぽくなったのかも。ちょっと気になるのはさ、ダイナーで働いてるウエイトレスのコーラとジョニーが最初に関係を持つシーン。あそこはラブコメっぽくないよね。そういうシーンがちょこちょこある。

高橋:コーラはジョニーを自宅に招いて、コトが済んだらさっさと彼を帰らせるでしょ? 「あんたも私もただ寂しくてこんなことをしてるんだ」って。きっと彼女はジョニーが単に寂しさを埋めるためだけに自分に近づいてきたことを見抜いていたんだろうね。このコーラとジョニーのシークエンスのあとにくるダイナー最年長ウエイトレスのヘレン(ゴールディ・マクラフリン)の死を含め、序盤は物語の大きなテーマである「孤独」を強調した構成になってる。このあたりの描写の切実さは、確かに一般的なラブコメ映画では踏み込まないリアリティがあるね。

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スー:端々で大人の孤独を描いているよね。フランキーの「男を探す気なら、ビデオデッキなんて買わないわ」ってセリフもそう。それぞれに過去がある、いまは孤独な大人たち。この作品ってラブコメ映画と何の融合なんだろう? 高橋:昔ながらのラブロマンスを『恋人たちの予感』(1989年)以降のラブコメ演出で味付けしつつ、さらに下町人情劇的な要素を加えた感じかな? スー:確かに、多くの時間がダイナーの人間模様に割かれているし、お客さんたちは地元のシニア層だし、下町人情劇なところはあるね。演出はラブコメ的な部分もあるけど、単なる「めでたしめでたし」な恋愛映画を作りたかったわけじゃないのかな。私が唯一気に入らなかったところは、終盤で自己開示したフランキーに対して「治った治った」「俺がいるから大丈夫大丈夫」って、あっさり解決しようとしたジョニーの態度だね。 高橋:ジョニーはフランキーへの対応が大雑把というか、ちょっと力づくなところがある。映画の序盤でドゥービー・ブラザーズの「What a Fool Believes」が流れるシーンがあるけど、「愚か者には現実が見えていない」という歌詞は以降のジョニーの振る舞いを示唆した選曲なのかもしれないね。 スー:あそこは「大変だったんだね」と共感して欲しい。ジョニーは全編通して暴走気味なのが玉に瑕。けど、フランキーやコーラといった女性陣の描き方はよかったね。孤独を感じているアラサー女子に刺さるセリフも多かったし。 高橋:コーラがヘレンの葬儀で「私たちもこうやってひとりで死んでいくの?」と問い掛けるシーンとかね。フランキーの「ひとりになることが怖い。でも、ひとりになれないことも怖い」という葛藤も胸に迫るものがあったな。
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「今の自分は嫌いなのに、変わろうとするのも怖い。同じ仕事を一生続けるのは嫌だけど、辞める勇気もない。恐れてばかりいることに、もう疲れたの」--フランキー


スー:こんな生活、やめたいけどやめられない。フランキーは変化が怖いのよね。これは、アラサー・アラフォー女性世界共通の不安なのかも。46歳の男性であるジョニーの抱える孤独はどうなんだろう? UOMO読者の世代は気になるんじゃないかな。

高橋:セコい犯罪に手を染めて結果家庭を失ったジョニーとしては、なんとしてでもその忌まわしい過去を払拭したいんだろうね。あとこれはアラフィフ男ならではという感じもするんだけど、「自分の心にはまだ火がともるのだろうか?」と確認しているような節も感じられて。そういう焦燥感と孤独感がないまぜになったような感情がジョニーを突き動かしているんじゃないかな。いずれにしても、彼がフランキーに言っていた「こういうことは滅多に起こらない」というのは真実だよね。それは40歳を越えると本当にそう。そのセリフはめちゃくちゃ説得力あったな。

スー:確かに!身をもって感じるわ(笑)。

高橋:最後に付け加えると、この映画をチャーミングにしているポイントとして「ラジオの魔法」をものすごく甘美に描いているところを挙げておきたいな。リッキー・リー・ジョーンズの「It Must Be Love」しかり、ドビュッシーの「月の光」しかり、フランキーとジョニーの恋模様のここぞという局面を彩っているのはラジオから流れてきた音楽だからね。


『恋のためらい/フランキーとジョニー』

監督:ゲイリー・マーシャル
出演:アル・パチーノ、ミシェル・ファイファー、ネイサン・レイン
初公開:1992年1月25日(日本)
製作:アメリカ

Photos:AFLO

ジェーン・スー

東京生まれ東京育ちの日本人。コラムニスト・ラジオパーソナリティ。近著に『これでもいいのだ』(中央公論新社)『揉まれて、ゆるんで、癒されて 今夜もカネで解決だ』(朝日新聞出版)。TBSラジオ『生活は踊る』(月~金 11時~13時)オンエア中。

高橋芳朗

東京都港区出身。音楽ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ、選曲家。「ジェーン・スー 生活は踊る」の選曲・音楽コラム担当。マイケル・ジャクソンから星野源まで数々のライナーノーツを手掛ける。近著に「生活が踊る歌」(駒草出版)。

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