STORY

中学校生活最後の一週間を迎えたケイラ(エルシー・フィッシャー)は「学年で最も無口な子」に選ばれてしまう。不器用な自分を変えようと、SNSを駆使してクラスメイトたちと繋がろうとする彼女だったが、いくつもの壁が立ちはだかる。好きな男の子のエイデン(ルーク・プラエル)にどうアプローチしていいかわからない、学年の人気者の女子は冷たい、お節介のパパ(ジョシュ・ハミルトン)はウザい、待ち受ける高校生活も不安でいっぱい…。そんな彼女は中学卒業を前に変わることができるのか!?


SNS世代の子どもたちはストレスだらけ!?

ジェーン・スー(以下、スー):小さなエピソードに至るまですべて身に覚えがあるというか、まるで中学時代に戻ったようで、身につまされました。SNSがあるからこそ、いまのティーンはキツいですよね。なぜこのテーマを扱おうと思ったのでしょうか?

ボー・バーナム監督(以下、監督):思春期であったり、水着を着ている時の居心地の悪さって、時代を超えて普遍的な部分だと思うんです。13歳くらいは特にそういう時期ですよね。そして、今の時代はすごく混乱しているし、どうして良いかわからないと思っている人も多い。僕は本来「今、この時代に生きているということがどういうことなのか」、それを掘り下げるような作品を作りたかったので、このテーマを選びました。

高橋芳朗(以下、高橋):Netflixで公開されているあなたのスタンダップコメディ『ボー・バーナムのみんなハッピー』で「SNSのある現代では四六時中表現を迫られてて監獄にいるみたいだ」というジョークがありました。この映画はそのジョークと地続きになっているようにも思えます。

監督:スタンダップコメディのステージ終了後に僕のところに来てくれる人たちの中で、僕のことを一番理解していたのは、13歳くらいの少女たちだったんです。ステージ上では25歳として話しているつもりだったんですか、「みんなの前でスタンダップコメディをすることにスーパーストレスを感じているんだよ」って彼女たちに話すと、「まさに日常にそういうストレスを感じています」って共感してくれる。彼女たち自身が僕の物語に自分の姿を見出してくれて、それに気づいた僕が、彼女たちの姿を見出すことができたんだと思います。

高橋:監督自身はエイス・グレードのころどんな少年だったのでしょう?

監督:僕は常にハイパーでワクワクしているようなタイプでしたね。ケイラのように不安やストレスを抱えるようになったのは大人になってからなんです。

スー:と言うことは、人気者の男子として描かれていたエイデンも、不安定な大人になる可能性もあるということですよね?

監督:そうですね。僕自身の目覚めが遅かったっていうのもありますけど、僕の経験からすると、男子よりも女子の方が自己を認識し始めるのが早いように思います。ただ、どんな人にも変化が起きうるっていうのは確かですよね。この作品のためにいろいろな子どもたちの映像をYouTubeで観たのですが、男子はゲームの話をしたりで自分自身のことを全く話さない。逆に女子は自分が感じていることを全てさらけ出しているような…、女子の方がより自分の感情としっかり向き合っているんですよね。それに対して、男子は感情を抑圧してしまっているから、それを発露させた時には遅すぎて、ガミガミ妻に文句を言うような夫になってしまう人もいるのかなって思います。

高橋:この映画を撮影するにあたって、なにか特別な取材はされたのでしょうか?

監督:実地的なリサーチはしていないですね。基本はインターネットです。ネットの良いところって、(対象者と)安全な距離を保ちつつ、どういうものかを知ることができること。でも、実際にオーディションが始まってからはキャストの子どもたちが一番のリサーチになりました。何がリアルに感じるかを彼らに確認しながら、彼らの判断に任せながら作ったという感じでしょうか。

ユーチューバーとして成功したから分かること

スー:監督はユーチューバーとしてキャリアをスタートさせましたが、当時と今では心理的な状況も社会的な状況もかなり違っていると思います。当時を振り返って、自分の考え方が変わったと感じることはありますか?

監督:僕がYouTubeを始めたのは2006年で16歳でした。「一番不快なことは何だろう」って考えて、それを見つけては口にする、を繰り返していたので、すでにとんでもないことがたくさんあります。だから、当時の映像は何か一つの例として観てもらえればいいと思っています。今の子どもたちもいろいろ考えて声を出して失敗して、その失敗に気づいてより良くなっていくわけだから。(ただ、今から40分前までに自分が発言したことについては先に謝っておきたいと思います。)

スー:今の若い子たちは、SNSにあげたすべての記録が残ってしまうわけですよね。そのストレスに対して、過去の過ちを認めたことがある大人としてアドバイスはありますか? 日本にも、若気の至りのせいで炎上を経験した子どもたちがたくさんいます。心の傷が残ってしまうのではと心配になるのですが。

監督:2つに分けてお話ししたいのですが…日本語で言ったら「言葉狩り」に近い感覚でしょうか。そういう「言葉をチェックする」ような文化的な流れは理解できるんです。言葉を発した人にアカウンタビリティ(説明責任)を問うということも。ただ、アメリカの場合は“トランプ大統領誕生”で我々が間違ったことをしているんじゃないかと気がついたんですよね。トランプはアメリカ的な存在であり、アメリカ自体でもある。どうしてこうなったのかを理解しなければいけない。トランプ大統領の誕生でアカウンタビリティが爆発してしまったかのような状況になり、逆の方にみんな振れてしまったと思うんですよね。つまり、彼を正すことができないんだったら、他のものを正せばいいんじゃないかと。その衝動の先に言葉というものを精査していかないといけない、という風になったんだと思うので…。

スー: というと?

監督:謝罪を求めたり、謝罪をすることはいいことだと思うんです。でも、アメリカは贖罪を許さないような空気ができてしまっている。モノの見方が自分と違ったり、明らかにモラル的に間違っているという人は周りにいますよね。でも、その人たちにまったく救いがないとは思わないし、公に晒されるべきだとも思いません。自分たちが決めたスタンダードを彼らが侵害したからといって、それに対して炎上すべきなのか、それとも彼らが変化を受け入れてみんなで向上していくのか。僕は後者だと思うんです。変化や成長することを許容しなければいけないと思う。だけど、アメリカはうまくいっていない。日本はどうでしょうか?

スー:日本は、いいことも悪いこともアメリカをトレースする傾向にありますね。アメリカを見ていれば、だいたい同じようなことが近いうちに起こります。#MeTooによってハラスメントがはっきりと社会問題として取り上げられるようになった側面もあれば、右と左に激しく分断されているという側面もある。期せずして同じようなパスをたどってしまうこともあるんです。たとえば社会との接点が十分に持てなかったであろう単独犯による無差別テロなど。今はSNSのせいで、アメリカのことは良くも悪くも即座に情報が入ってきます。状況を理解していないとしか思えない人が、トランプ大統領を支持するようなことも起こってます。

監督:今、この時代に生きるということが「どんなに混乱する経験なのか」ということですよね。この状況ってインターネットと深くつながりがあるんじゃないかと思ったんです。そして、すごくヒューマンなレベルでそのことを語りたいと思って僕はこの映画を作りました。実は、大きな概念や考え方みたいなものがどうやって日常の体験に具現化されているのかという会話って、あまりされていないように思うんですよね。今作は個人の少女の観点からインターネットについて考える映画なんです。

子どもへの向き合い方を考える

高橋:僕には5歳の娘がいるのですが、この映画はまるで『エクソシスト』を観ているようで頭を抱えてしまいました(笑)。将来のために聞いておきたいのですが、学園生活を送るなかで閉塞感や虚無感に苛まれた子どもたちに「ここがすべてではない、この向こう側にも世界が広がっているんだ」と実感してもらうにはどうすればいいと思いますか?

監督:昔は、学校って下校したら学校生活を終わりにできていたんです。だけど今はソーシャルライフとしての生活というのが寝るまでついてくる。どれくらい自分が負け組かってことも数値化できてしまうんです。しかも、学校だけではなくて世界中が自分のことをどう思っているか、アクセスすればどんな子どもたちも見ることができる。そのプレッシャーったらないですよね。正直、どうやって彼らをナビゲートしていったらいいのかわからないけど、スマホを取り上げることが解決策とも思えないんです。だって、子ども同士のコミュニケーション方法なわけだから。一番いいのは、彼らが何か発する時にちゃんと聞く耳を持つということなのかもしれないですね。あと、彼らが必要な時に一緒にいてあげること。文句を言ったり、声を荒げられる安全な場所を作ってあげることがいいのではと思いました。

スー:エイデンを典型的なジョックス(スポーツマンを主とした人気者の男性)にしなかったのはなぜでしょうか? エイデンは、人気者ながら孤独なムードも背負うミステリアスな存在として描かれていましたが。

監督:昔はジョックスだったりチアリーダーだったり、学校のヒエラルキーみたいなものがあったけど、今はジョックスでも昔みたいな集団の中での典型的な人気者っていうのは存在しないんですよね。みんな誰しも孤独感のようなものを抱えている時代になったように思います。集団でいても携帯電話を使って孤独な時間を過ごしていたりするんです。繋がりすぎて孤独を感じ、刺激を受けすぎて感覚が麻痺しているのかもしれないですね。

高橋:最後に、監督がこの作品を作り上げたことによって得た収穫を教えてください。

監督:今の子どもたちに対するリスペクトですね。クリエイティブな作業を一緒にして、彼らは自分たちが思っている以上に自己認知しているんだなって改めて感じました。そう考えれば、インターネットっていうのはまさに自己認知をしなければいけない、せざるを得ない場でもあるんですよね。この作品は、彼らに僕の世界観を押し付けたというよりも、彼らの物語を綴る場所を提供したと思うんです。僕は今の制度に関してはシニカルだけど、人に対しては楽観的なんです。今の時代の若者たちが今までの歴史の中で、よくない世代だって言われているけどそうじゃない。悪いのはシステムであって、この子たちであればきっと変えてくれるんじゃないかって僕は期待しています。


ボー・バーナム
1990年アメリカ・マサチューセッツ州ハミルトン生まれ。コメディアン、ミュージシャン、俳優、監督。2006年にユーチューバーとしてキャリアをスタートし、彼のビデオは2008年まで3億回近く再生された。俳優として『ビッグ・シック ぼくたちの大いなる目覚め』(2017)に出演、また『Promising Young Woman(原題)』が公開を控えている。

ジェーン・スー
東京生まれ東京育ちの日本人。作詞家、ラジオパーソナリティ、コラムニスト。現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」(月曜~金曜 11:00~13:00)でパーソナリティーを務める。近著に「女に生まれてモヤってる!」(小学館)。

高橋芳朗
東京都港区出身。音楽ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ、選曲家。「ジェーン・スー 生活は踊る」の選曲・音楽コラム担当。マイケル・ジャクソンから星野源まで数々のライナーノーツを手掛ける。近著に「生活が踊る歌」(駒草出版)。


『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』

監督・脚本:ボー・バーナム
出演:エルシー・フィッシャー、ジョシュ・ハミルトン、エミリー・ロビンソン、ジェイク・ライアン
ヒューマントラストシネマ有楽町、渋谷シネクイントほか公開中
© 2018 A24 DISTRIBUTION,LLC

『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』公式サイト

Movie:Satoru Tada(Rooster)

SHARE

SERIES

「愛と教養のラブコメ映画講座」の記事一覧

ジェーン・スー×高橋芳朗
愛と教養のラブコメ映画講座
Vol.15『イエスタデイ』

ジェーン・スー×高橋芳朗 愛と教養のラブコメ映画講座 〜特別編〜
『エイス・グレード 世界でいちばんクールな私へ』

ジェーン・スー×高橋芳朗
愛と教養のラブコメ映画講座
Vol.14『ノッティングヒルの恋人』

ジェーン・スー×高橋芳朗
愛と教養のラブコメ映画講座
Vol.13『KISSingジェシカ』

ジェーン・スー×高橋芳朗
愛と教養のラブコメ映画講座
Vol.12『サムワン・グレート〜輝く人に〜』

ジェーン・スー×高橋芳朗
愛と教養のラブコメ映画講座
Vol.11『いつかはマイ・ベイビー』

ジェーン・スー×高橋芳朗
愛と教養のラブコメ映画講座
Vol.10『バツイチは恋のはじまり』

ジェーン・スー×高橋芳朗
愛と教養のラブコメ映画講座
Vol.9『マン・アップ! 60億分の1のサイテーな恋のはじまり』

ジェーン・スーと高橋芳朗の
愛と教養のラブコメ映画講座
Vol.8『ロマンティックじゃない?』

ジェーン・スーと高橋芳朗の愛と教養のラブコメ映画講座
Vol.7『軽い男じゃないのよ』

ジェーン・スーと高橋芳朗の愛と教養のラブコメ映画講座
Vol.6『ワタシが私を見つけるまで』

ジェーン・スーと高橋芳朗の愛と教養のラブコメ映画講座
Vol.5『40歳の童貞男』

ジェーン・スーと高橋芳朗の愛と教養のラブコメ映画講座
Vol.4『セットアップ:ウソつきは恋のはじまり』

ジェーン・スーと高橋芳朗の愛と教養のラブコメ映画講座
Vol.3『愛しのローズマリー』

ジェーン・スー&高橋芳朗の
愛と教養のラブコメ映画講座
Vol.2『アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング』

ジェーン・スー&高橋芳朗の
愛と教養のラブコメ映画講座
Vol.1『おとなの恋は、まわり道』