負の感情を集めた自分の分身との戦いは
勇気ある克己かそれとも理不尽な恐怖か

アデレートは夫のゲイブ、娘のゾーラ、息子のジェイソンとともに夏休みを過ごすため、幼少期に住んでいたカリフォルニア州サンタクルーズの家を訪れる。早速、友人たちと一緒にビーチへ行くが、不気味な偶然に見舞われたことで、原因不明で未解決のままだった過去のトラウマがフラッシュバックする。やがて彼女は、自分だけではなく家族にも恐ろしいことが起こるという妄想を強めていく。そしてその夜、家の前に自分たちとそっくりな“わたしたち”がいることに気づく…。

アデレートは子どもの頃にミラーハウスの中に映った自分が、実は敵意を持ったドッペルゲンガーだと気づく。あれはいったい何だったのか。今日が作り出した虚像か、それとも…。言葉では説明がつかない恐怖体験をしながらも、時は流れ、幸せな家庭を持った彼女は再びドッペルゲンガーの存在を感じ始める。不可解で理不尽だけど、受け入れてしまうほど心当たりがある──そんな、アデレートの身に起きる最悪な精神状態は、表面張力ギリギリの恐怖感でいっぱいだ。幼い頃に心の奥深くに埋め込まれた不安や恐怖が大人になった今、一つの形となって呼び起こされることがある。それは、善良だと思っている自分と同じ顔を持っていて、当たり前のように目の前に立ちはだかる。対峙したモノが“自分”であると認識した瞬間、不気味の谷を通り越し、誰もが恐怖の底なし沼に溺れてしまうだろう。

自分の中のどこかに持っているかもしれない影がドッペルゲンガーだ。本作に出てくる圧倒的な力で自分たちを襲ってくる分身を見ると、“自分と同じやつ(似たやつ)は1人でいい”という、人間の生存本能や競争心を突きつけられ、また鏡合わせに存在するもう一つの世界を考えてしまい、苦い唾液を感じるような緊張感を強いられる。実に居心地が悪い。本作のジョーダン・ピール監督が手がけた前作『ゲット・アウト』で見せたホラーにおけるユーモアのエッセンスは、観る者の感情にダイレクトに訴えかけた。本作でもその手法を使いながら、前作のようなアメリカの人種問題に関する暗黙の事実という「社会」ではなく、人間にとって最大の敵は自分自身であるという「個人」の問題を取り上げているからこそ、意識せずとも不穏な空気を感じ取ってしまうのだ。手に汗握り見届けたアデレートと家族がたどる結末は…その答えは想像する恐怖のもう一歩奥にある。


『アス』

監督:ジョーダン・ピール
出演:ルピタ・ニョンゴ、ウィンストン・デューク、エリザベス・モス、ティム・ハイデッカー、シャハディ・ライト・ジョセフ、エヴァン・アレックス、カリ・シェルドン、ノエル・シェルドン
2019年9月6日よりTOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
©2018 UNIVERSAL STUDIOS ©Universal Pictures

『アス』公式サイト

Text:Hisamoto Chikaraishi