ご近所付き合いという小さな摩擦で
膨らむ疑念と悪意に共感できるか否か

老夫婦インガとバルドウィンの庭にそびえ立つ大きな木が、いつも隣家の中年夫婦エイビョルグとコンラウズの家のポーチに影を落としている。エイビョルグらがクレームを言ったことをきっかけに、2組の夫婦はいがみ合うようになり、何の証拠もないのに身近で相次ぐ不審な出来事をすべて相手の嫌がらせと思い込むようになる。その頃、インガの息子アトリは、浮気の疑いをかけられ、妻アグネスから家を追い出され、しかたなく両親の家に転がり込み、隣人の監視を手伝うはめに。やがてインガがかわいがっていた飼い猫が失踪し、両家の人々は、決して越えてはならない危険な一線を踏み越えていくのだった。

どこの国でも、隣人関係は些細であって、大きな問題だ。プライベートスペースである住居に問題があれば、毎日の暮らしも心地よいものではなくなる。誰もが多かれ少なかれ隣人に思うところがあって、時に我慢したり、時に冷静に話し合ったりしてよりよい環境を獲得していくのだが…本作は、その関係がちょっとした疑念ややっかみを燃料に、いがみ合いが加速していってしまう悲喜劇を描いている。老夫婦は、長男の謎の失踪。中年夫婦は不妊。さらに老夫婦の次男は浮気と娘の親権争いと、登場人物はみんな“人には言えないけれど周りは知っている”ような繊細な悩みを抱えている。その人の生活から透けて見える問題に加えて、次々と起こる嫌がらせのような出来事が絡み合い、夫婦たちは家の内側からも外側からも悪意と狂気を募らせていく。終わりが見えない不協和音を奏でながら、ついにたどり着いたラストには「まさかそんな…」と思える衝撃が劇場を覆い尽くす。

2つの家の間に堂々と立つ一本の木の影は、ただのきっかけに過ぎない。そして、その木は彼らの良心や正気の堰でもあったのだ。はじめは形のなかった憎悪がやがて結晶になり、それぞれの家に暗い影を落とす。じわじわと噴出していく緊張感と不穏な空気は、淡々と映し出す美しく乾いた画の質感によるものだ。本編を通して、すさんだ心理状況を表すようなグレイッシュな色調と引いたアングルは、客観的な視点をもたらすとともに、我々が触れられないような危うさを演出している。観終わる頃には、自分の奥底に潜むちょっとしたいじわるさや思い込み(自分ではわかっているけど人に言われるのはイヤな性格や、加害者を勝手に決めつけてしまう感情の偏りなど)に触れた気がして、ヒヤッとしてしまう。お隣さんを考えることは、自分自身を見つめることなのかもしれない。


『隣の影』

監督:ハーフシュテイン・グンナル・シーグルズソン
出演:ステインソウル・フロアル・ステインソウルソン、エッダ・ビヨルグヴィンズドッテル、シグルヅール・シーグルヨンソン、ラウラ・ヨハナ・ヨンズドッテル
2019年7月27日よりユーロスペースほか全国順次公開
2017 © Netop Films. Profile Pictures. Madants

『隣の影』公式サイト

Text:Hisamoto Chikaraishi