2019.05.28

ジェーン・スーと高橋芳朗の愛と教養のラブコメ映画講座 Vol.8『ロマンティックじゃない?』

ジェーン・スーと高橋芳朗がラブコメ映画について熱く語ります! 今作は、ラブコメが大好きな人はもちろん、ラブコメを敬遠してきた男性たちにもオススメできる作品です。

ジェーン・スーと高橋芳朗の愛と教養のラブの画像_1

ラブコメ作品内でラブコメ批評!?

——2019年2月にアメリカとカナダでのみ劇場公開されたネットフリックスオリジナル作品『ロマンティックじゃない?』です。ラブコメ嫌いな女の子がラブコメの世界に飛び込むようなお話ですが…。

ジェーン・スー(以下、スー):ラブコメ映画の気に入らないところを主人公のナタリー(レベル・ウィルソン)が全部口に出して言ってくれるから、ラブコメ映画が苦手な人も息苦しくなく観られるんじゃないかな。一方で、ラブコメ・リテラシーを持つ人にとっては笑いどころ満載のよくできた作品だよね。

高橋芳朗(以下、高橋):では、さっそくあらすじから。「幼いころラブコメの世界に憧れていた建築家のナタリーは、母親に理想を打ち砕かれてから恋愛に対して冷めた態度をとるように。そんなある日、地下鉄でひったくりにあった彼女は犯人を撃退するものの勢い余って頭を強打して気を失ってしまう。やがてナタリーは意識を取り戻すが、周囲の様子がどこかおかしいことに気づく。なんと彼女は、大嫌いなラブコメ映画の世界に迷い込んでしまったのだ。ラブコメのお約束展開に巻き込まれてうんざりするナタリーは元の世界に戻るべく奔走するが…」というお話。これはある種のラブコメ批評ともいえる映画だと思うんだけど、旧来のラブコメ映画の方法論が頭打ちになってきたからこそ出てきた作品という気はする。そういった意味では、ディズニー映画『魔法にかけられて』(2008年)のラブコメ版みたいな楽しみ方もできるのかな。ちなみに、序盤で主人公が頭をぶつけて気絶する映画は当連載がスタートしてこれで3回目(笑)。

スー:とにかくラブコメ映画の主人公は都合よく頭をぶつけるんだよな。そういうところはメタ的。同時に、「理想的なヒロイン」とされるキャラからの解放も、テーマのひとつになってるかと。ヒーロー映画のほうが一足早く呪縛からの解放を描いていたよね。等身大のままヒーローになってもいいんじゃない? と。『キック・アス』(2010年)や『デッドプール』(2016年)を始め、ヒーローにもヒーローではない人と同じように格好悪いところがあると見せてくれた作品が多くある。その波が、ラブコメ映画のヒロインにもようやく届いた感じ。たとえば「理想の男性とカップルになること」が幸せの第一条件ではなくなったり、ビューティフルの定義も変わってきている。脇役のコメディエンヌとしてじゃなく、主人公のヒロインとしてエイミー・シューマーやレベル・ウィルソンが主演を務めるのが普通になってきたもんね。

——変化で考えると、数十年前からラブストーリーの王道と言われてきた『プリティ・ウーマン』(1990年)が引き合いに出されていますね。

スー:フフフ。ナタリーがラブコメ映画の世界に飛んでってしまった時のあの衣装! そりゃナタリーがテンションだだ下がりになるのも無理ないわ。だって「ナタリーがラブコメ映画嫌いになったのは『プリティ・ウーマン』のせい」って設定だもんね。自分もいつかは…って『プリティ・ウーマン』をうっとり観ていたのに、母親から「こんなのホンモノじゃない」とぺしゃんこにされてからの恨みつらみですよ。その後の彼女に何があったのかは描かれていないけど、まぁ想像に難くないような。そして社会人になった時には、ラブコメ映画の悪口なら3時間は言える人になっていたわけです。以前紹介した『アイ・フィール・プリティ 人生最高のハプニング』(2018年)もそうだったけど、自分で自分に低い評価をつけてしまったがゆえに、世界がとても意地悪な場所に見えている人たちに勇気を与えるラブコメ映画だね。ラブコメ映画の新しい使命って、そういうことなのかもしれない。

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高橋:ナタリーのアシスタントのホイットニー(ベティ・ギルピン)はラブコメ映画が大好きで仕事中にこっそり『ウェディング・シンガー』(1998年)を観ていたりするほどなんだけど、冒頭の彼女とナタリーによるラブコメ映画の是非をめぐる攻防が楽しくていきなり引き込まれちゃった。ここ、往年のラブコメ映画のタイトルが飛び交ったりして最高だから好事家の皆さんは必見。アリアナ・グランデの「thank u, next」のミュージックビデオで引用されたときもびっくりしたけど、やっぱり現地では『13ラブ30』(2004年)ってクラシックとしての評価が確立されているんだね。「ラブコメ映画は社会の害毒」と主張するナタリーのラブコメディスも痛快で、これは以降の展開の強烈な前振りにもなってる。 スー:始まってからの12分は必見。ラブコメ映画に染まれない女のすべてが怒涛の如く押し寄せてくる。ナタリーは「どうせ私には素敵なことなんて起こらない」と不貞腐れるじゃない? 彼女の文句はいちいち的を射てて笑っちゃうんだけど、自分は愛されない存在だと決めつけた女の抱える悲しみでもあるんだよね。私の世代には『プリティ・ウーマン』の影響が少なからずあると思うんですよ。あの作品にポーっと憧れてから「なるほど、私の人生は『プリティ・ウーマン』ではない」に真顔で着地するまでの道のりがよくわかる。同時代を生きた女としては胸に迫るものがありますね。製作陣は同世代なのかな? ホイットニーヒューストンの「I Wanna Dance With Somebody」を始め、中年に響く曲ばかりで堪能できました。「人生は辛いからこそラブコメ映画があるんだ」というようなことをアシスタントのホイットニーが言っていたけど、本当にそうだしね。 高橋:「現実は悲しいことが多い。なんとか笑顔で目覚めても、ニュースを見ると落ち込むようなことばかり。だけど『メラニーは行く!』(2002年)を観ると笑顔になれる」ってセリフがあったね。『メラニーは行く!』を観ると笑顔になれるかどうかはともかく(笑)、これは僕らが連載を通じて提唱してきたラブコメの醍醐味とほぼ一緒。ただ、今のこのご時世からするとナタリーの「ハッピーエンドなんて大嫌い。だってそこで終わりじゃないから」という言い分も説得力ありありなんだけどね。 スー:今はもう少しリアリティがないと。あまりにも極端な“お姫さま”の物語だと乗っかれないと言うか、アピールが弱いっていうのはあるよね。 ——では、この作品は今までのラブコメ映画のご都合主義を茶化しつつ、新しいラブコメのカタチを提示しているということですね。 スー:そうですね。「ご都合主義は承知の上だけど、やはりラブコメ映画は素晴らしい!」という作り手のメッセージを感じました。ナタリーがブレイク(リアム・ヘムズワース)とアイスクリーム屋に忍び込んでお互いの好きなフレーバーを言い合うシーンなんて、ご都合主義の極みだけどやっぱりキュンとしてしまう。「私…気持ち悪い!」ってなりましたけど。私の中の『プリティ・ウーマン』に対する憧れは死滅していなかった。 高橋:その『プリティ・ウーマン』をはじめ、『恋人たちの予感』(1989年)だったり、『ベスト・フレンズ・ウェディング』(1997年)だったり。おなじみのラブコメ映画のオマージュがこれでもかってぐらいふんだんに盛り込まれているんだけど、そういうラブコメの王道展開がいちいち笑いに変換されていくあたりは本当によくできてる。ラブコメのお約束の流れに巻き込まれそうになるたび、いちいちそれに抗おうとするナタリーのツッコミがまたおもしろくてさ。自宅のウォーキングクローゼットでデートの勝負服を選ぶくだりとかめちゃくちゃ笑った!
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スー:ほんとほんと。あと、いつも部屋に花が飾ってあるとか、アパートの下に可愛いカップケーキ屋さんがあるとか、そういうラブコメ映画の定型ってあるじゃない? ああいうのって、いわば「ラブコメウォッシュ」された世界だって思ったわ。主にハリウッド映画では、現実に則さない比率で白人俳優を登場させたり、非白人の役柄に白人俳優を配役することを「ホワイトウォッシュ」と言うじゃないですか。それと同じで、現実に則さない比率で極端にラブコメ映画的な演出がなされた世界は「ラブコメウォッシュ」されてるわけですよね。ナタリーはそれにイライラしっぱなし。 高橋:それでブチギレでカースワード(※テレビや公共の場で言ってはいけない言葉)を言ってもピー音でかき消されたりね。徹底したラブコメウォッシュぶり(笑)。 ——ラブコメは音楽も重要だと思いますが、今作はいかがでしょうか? 高橋:冒頭でナタリーが「ラブコメ映画なんてクソ! ひどいポップソングとセットになった嘘っぱち!」と言っていたけど、劇中でその「ひどいポップソング」の象徴として使われているのがヴァネッサ・カールトンの2002年の大ヒット曲「A Thousand Miles」。日本でもCMやバラエティ番組でよく使われるから聴いたことがある人は多いんじゃないかな? この選曲がまたお見事で、実はこの曲って『キューティ・ブロンド』(2002年)でちらっと流れたことがある程度でラブコメ映画で大々的に使われたことは一度もないんだよね。でも、なぜかラブコメ映画や恋愛映画の挿入歌として定番化しているイメージがある不思議な立ち位置の曲。あの絶妙なフェミニン具合がラブコメ的なんだと思うけど、まったく、選曲者のにやけ顔が透けて見えてくるようなセレクションだわ(笑)。 スー:かかった瞬間に「キューン!」ってなる人が続出の曲だ。 高橋:そう、これがまた抗えない甘酸っぱさがあるんだよね。いやー、さりげないけどこの選曲はプロのお仕事ですよ。 ——この曲を聴くと景色がキレイになった気がするんですよね。 スー:それが「ラブコメウォッシュ」だよ。視界が「ラブコメウォッシュ」されてる!

ラブコメ愛を感じるイジワルさに悶える

スー:ツッコミ多発のコメディとしても秀逸でしたね。カラオケスナックでナタリーが歌い出すと、他のお客さんたちも自然発生的に踊りだすんだけど、「なんでみんなフリを覚えているの?」とナタリーが訝しがったりして。みんなが思ってて、心のなかにしまってること。本来ならオーディオコメンタリーでつっこむようなことを、全部ナタリーがその場でつっこむのが面白かった。そうやってメタ的に茶化すんだけど、「A Thousand Miles」が流れるとキュンとしてしまったり、ベタな展開に感情が動かされたりするわけです。うまいなぁと思いました。

高橋:うん、まさに「A Thousand Miles」の選曲なんかは本気半分イジワル半分みたいなところがあったけど、そのへんのバランスの取り方がうまいんだよね。それは作り手のラブコメ愛に裏打ちされたものでもあるんだろうな。実際、主演のレベル・ウィルソンはインタビューで監督のトッド・シュトラウス=シュルソンについて「トッドは歩くラブコメ辞典みたいだった。彼の熱意には舌を巻いたわ」と話していたからね。トッドはどんなシンボルやイメージが繰り返し使われているかを確認したくて1988年から2007年までに製作されたラブコメ映画を全部観たんだって(笑)。

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スー:ゲラゲラ笑っていると、何分かに一回は、グッとみぞおちを蹴られるようなセリフがくる。ナタリーがラブコメ映画の世界に紛れ込んでしまった直後に「特別な人として扱われると居心地が悪い」って言うんだよね。現実社会では「なんで私は特別な人扱いされないんだ」と悔しい思いをしてたのに、実際に自分がそう扱われはじめると、とてもじゃないけど受け止めきれない。こんな世界は信じられないってなるあの感じ、スネに傷持つ女なら誰でも覚えがあるんじゃないですかね…。 高橋:そんなナタリーも最終的には「ずっと他の誰かに愛してもらわなきゃならないと思っていたけど自分を愛するべきだったんだ」というところにたどり着く。このあたりは『アイ・フィール・プリティ』にも通底するメッセージだし、2019年型ラブコメディの面目躍如だね。 スー:“オイシイ”ところが飛ばされちゃうから何度もやり直す場面もよかったな。カッコいい彼と一晩を過ごした朝、彼から「昨夜の君は素敵だったよ」って言われるのがラブコメ映画の定番。でも、その間に起こったことを体験したいの! というナタリーのあの気持ち。 高橋:あと、派手さはないんだけどラストシーンがすごく素敵だった。ジョシュ(アダム・ディヴァイン)が寄せる思いにようやくナタリーが気づくんだけど、そこに至る流れがもうめちゃくちゃ洒落ていて。このオチって、どこに視点を置くかで世界の見え方はぜんぜん変わってくるんだっていうことのメタファーになってるんだよね。ちょっと角度を変えて世の中を眺めてみたら、自分が思いもしないような光景が広がっている可能性は十分にある。この流れだったら、あれだけ恋愛に醒めたスタンスをとっていたナタリーがもう一度ロマンスを信じてみようと考えを改めても違和感ないよ。ホイットニーはラブコメの魅力を「人生は美しくて愛に満ちたものにできると気づかせてくれる」と評していたけど、まさにそんな気持ちにさせられる納得のエンディングだったな。 スー:多くの女性とUOMO読者はもちろん、現実とロマンスの境界線に打ちのめされているティーンの子にも観てもらいたいね。元気になること請け合いです。それにしても難しいのは、気持ちの移り変わりを丁寧に描くと、ラブコメディとは言えなくなる場合もあること。でも、心の動きの描写を省きすぎると、今度は軽すぎてヘリウムガスみたいな映画になる。心のグラデーションを描く塩梅って、簡単なことじゃないと再認識できたね。 高橋:確かに、ラブコメの良さって実は繊細なバランスのもとに成り立ってるということがよくわかる映画かも。レベル・ウィルソンももともとナタリーと同じように「ラブコメ映画なんてバカバカしくて大嫌い!」と思っていたみたいなんだけど、今回の映画の製作を通じてその奥深さに気付かされたっていうからね。やっぱりラブコメは素晴らしい!

Netflixオリジナル映画『ロマンティックじゃない?』独占配信中

監督:トッド・ストラウス=シュルソン
出演:レベル・ウィルソン、 リアム・ヘムズワース、 アダム・ディヴァイン
初公開:2019年2月13日
製作:アメリカ

ジェーン・スー

東京生まれ東京育ちの日本人。作詞家、ラジオパーソナリティ、コラムニスト。現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」(月曜~金曜 11:00~13:00)でパーソナリティーを務める。近著に「私がオバさんになったよ」(幻冬舎)。

高橋芳朗

東京都港区出身。音楽ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ、選曲家。「ジェーン・スー 生活は踊る」の選曲・音楽コラム担当。マイケル・ジャクソンから星野源まで数々のライナーノーツを手掛ける。近著に「生活が踊る歌」(駒草出版)。

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