バレエ史上に名を残す伝説的ダンサーの
自我を追い求める波乱に満ちた旅を追う

時は東西冷戦下の1961年。スーツに身を包んだひとりの若者が、レニングラード(現サンクトペテルブルク)からパリへ向かう飛行機の窓から街を眺めている。ルドルフ・ヌレエフは、世界に名だたるキーロフ・バレエ(現マリインスキー・バレエ)団の一員として、海外公演のために生まれて初めて祖国のソ連を出た。23歳の若きヌレエフはパリの生活に魅せられ、この街で得られる文化や芸術、音楽のすべてを貪欲に吸収しようとしていた。しかし、その一挙一動はKGB(ソ連国家保安委員会)の職員に監視されていた。やがてパリ社交界の花形クララ・サンと親密になるが、その一連の行動により、政府からの疑惑の目はますます強まる。そして次の公演地のロンドンへ旅立つ空港で、彼はKGBに囲まれ一人で帰国するよう命じられるが…。

これは舞踏を愛した男のアイデンティティを語る物語である。6歳だったヌレエフがオペラ座で家族と初めてバレエを見た時に、幼いながらもその世界に魅了され「ここで生きたい」と確信する。気難しい軍人の父親に対して、子供に優しい母親の計らいで地元のバレエ教師のレッスンを受け、ダンサーとしては遅い17歳でレニングラードのワガノワ・バレエ・アカデミーに入学。そこで出会った恩師プーシキンに師事しながら、決して朽ちることのない情熱で特訓を重ね、みるみる頭角を現していく。確かな技術を身につけ美を追求する彼は、伝統や規則を重んじるバレエを教授するプーシキンから舞踏や舞台芸術の本質をつく問いかけを受ける。「どんな物語を語りたいのか。みんな自分に問おうとしない」。ヌレエフとともに、我々観客も息を飲む。人生を自分らしく生きることに通じる真理の一つだと語りかけられるからだ。

優秀な成績でアカデミーを卒業したヌレエフは、ロシア国内でもっとも格調高いバレエ団、キーロフ・バレエに入団する。そこから描かれる彼の姿は、野性味と人間臭さに溢れ、舞台を降りている私生活ですら人の心を打つ。こうなりたいと思い描く理想像を自ら見つけ出し、到達しようとする確固たる意志と、内から溢れる知識欲と探究心から美術や音楽を常に求め、刺激を受け、舞踏の血肉とする純粋さの狭間に身を置いている。のちにヌレエフは、公演地のパリで知り合ったクララ・サンに「人生は自分で決めることが重要だ」と語るシーンがあるが、これは前出のプーシキンの言葉からの流れを汲んでいるだろう。人は誰もが何かの物語の主役になりたいと思う。人より何か能力が秀でていなければいけないということではなく、ヌレエフが言う自分が信じた道を自分の足で歩を進めることで叶う。本作でヌレエフが最後に下した決断は、彼自身が選んだバレエという物語で、主役でありたいと人一倍強く思った結果なのだ。これこそ、夢と野望を貫いた主役の姿だ。


『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』

監督:レイフ・ファインズ
出演:オレグ・イヴェンコ、セルゲイ・ポルーニン、アデル・エグザルホプロス、ルイス・ホフマン、チュルパン・ハマートヴァ、ラファエル・ペルソナ、レイフ・ファインズ
2019年5月10日より、TOHOシネマズ シャンテ、シネクイント、新宿武蔵野館ほか全国公開
@2019 BRITISH BROADCASTING CORPORATION AND MAGNOLIA MAE FILMS

『ホワイト・クロウ 伝説のダンサー』公式サイト

Text:Hisamoto Chikaraishi