親子の本質を描き出し、
愛することは何かを問い続ける

フリーの音楽ライターであるデヴィッドは、深刻な面持ちでカウンセリングを受けていた。相談内容は、自分ではなく愛する息子のこと。深い愛情を注ぎ、心を通わせた友人のように仲の良かった息子ニックはあらゆるドラッグに染まり、依存症から抜け出せない状態になっていた。何が彼をそうさせてしまったのか。今、自分は何ができるのか、そして何をするべきかを知りたかった。ニックは将来を期待され、義理の母親、幼い弟たちにとって“いい息子・いい兄”であることが求められていた。そんな日常のなかでついドラッグに手を出してしまう。断ち切ろうと思いながらも、誘惑に抗えない自分を恥じる気持ちから、次第にエスカレートしていく。

本作は “ドラッグに堕ちていく美しい少年”や“すべてを壊すドラッグの恐ろしさ”、はたまた“ドラッグが気づかせてくれた強い絆”という美談や教訓を押し付けるものではない。確かに、物語としてそれらを味わう見方もあるけれど、一貫して描かれるのは、父親の無償で無限の愛だ。本作では実話を基にしたドラッグをテーマとしているが、いわばそれはきっかけであり、父と息子、または家族と息子の間にとてつもなく大きな問題が横たわった時にお互いがどう行動するかが軸になっている。そのなかで、怒りや戸惑いや葛藤が繰り返される。感情の発露、緊張感と親子特有の愛情を、デヴィッドを演じるスティーヴ・カレルとニックを演じるティモシー・シャラメの圧倒的な演技が見事に表現している。

何者でもない自分に悩む若者にとって、テーマはいくらでも置き換えて考えられるだろう。友達との関係や、好きな子への距離感、勉強方法など。当人にしてみたら悩みに大小なんてないし、親ならどんなことをしてもどんな問題が起きていようと、子どもを間違っていない道へと導きたいと思う。人間として、家族として「生きたい」「愛したい」という、誰もがその源をはっきり言葉にできないような、ある種不思議で無垢な感情をデヴィッドとニックから感じ取る。(普段、それがはっきり言葉にできないからこそ)怒鳴り合い、そして抱き合う生々しい家族の風景がスクリーンに映し出されると、観ているこちらは瞠目する。家族はこれでいい。いや、これがいいんだと。

こういった本作の本質を表したような一つのセリフがある。デヴィッドが幼いニックを別れた妻のもとへ送り出す時にかけた言葉。「パパの愛がわかるか? この世の言葉をすべて集めても、お前への愛を伝えきれない」。物書きである父親でなくても、自分にとって最も美しい子を持つ人は常にこう思っているのではないだろうか。


『ビューティフル・ボーイ』

監督:フェリックス・ヴァン・ヒュルーニンゲン
出演:スティーヴ・カレル、ティモシー・シャラメ、モーラ・ティアニー、エイミー・ライアン、ケイトリン・デヴァー
2019年4月12日より、TOHOシネマズ シャンテほかにて全国公開
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『ビューティフル・ボーイ』公式サイト

Text:Hisamoto Chikaraishi