「有害な男らしさ」を体現した映画

——今回取り上げるのは『40歳の童貞男』、2006年日本公開の作品です。

ジェーン・スー(以下、スー):オススメできると思って観返してみたら…時間が経つと印象が変わるものだわね。

高橋芳朗(以下、高橋):もちろん初めて見た時と同じように笑っちゃうシーンもあるんだけど、それ以上に戸惑いを覚えることのほうが多かったな。先日、剃刀製品ブランドの米ジレットが「有害な男らしさ」を見つめ直す長尺のCMを発表して賛否を呼んだけど、今回十数年ぶりに『40歳の童貞男』を見てまさか同じテーマについて考えさせられることになるとはね。初見の時はぜんぜん気にならなかったのに。公開当時から違和感を抱いていた人も実は結構いたのかな?

スー:あのジレットのCMね。「有害な男らしさ」——’toxic masculinity’つまり「男は多少やんちゃでも強くあることが重要で、そういった“男らしさ”は社会で許容される。男だから仕方ない、と」っていう昔からの考えのこと。この作品は図らずもそれを学べる映画だったわ。なんとか主人公アンディ(スティーブ・カレル)の恋愛を実らせようと躍起になる男の同僚、ボーイズクラブと呼びたくなる連中の悪気のない有害な振る舞いからね。

高橋:ここであらすじを簡単に。「家電量販店で働くアンディは平凡ながらも充実した毎日を送っていたが、ある晩同僚のデビッド(ポール・ラッド)に誘われたポーカーの席で40歳にして童貞であることがバレてしまう。翌日からは、さっそく同僚たちによる“アンディ童貞卒業作戦”がスタート。そんななかアンディは向かいの店で働くトリシュ(キャサリン・キーナー)と急接近するが…果たして彼は“脱”童貞することができるのだろうか?」というお話。アンディは自分のライフスタイルに特に疑問を抱くことなく日々の生活をエンジョイしてるんだよね。でも同僚に童貞であることがバレた途端、フィギュア収集やテレビゲームに勤しんでいた平穏なオタクライフがおびやかされることになる。そのへんの描写は観ていてちょっと気の毒だったな(苦笑)。

スー:公開当時は正直、そこまでヒヤヒヤしなかった。「そういうものだから」と私も思ってしまっていたんだろうな。この作品では、アンディとの対比を明確にするために、ボーイズクラブが如何に情けなく、見栄っ張りなものか、かなり誇張されて描かれてます。いま「〇〇ハラスメント」とか「ポリティカルコレクトネス」って言葉に怯えて、なにを言ったら怒られるのか、なにが非常識とされるのか判断つかない人っていっぱいいると思うんですよ。誰もがその情報に辿りつけるわけではないだろうから当然なんだけど。そういう人に分かりやすく「なにがマズいか」を教えてくれる。前半はそういう意味での教則ビデオって感じ。40歳の童貞男であるアンディは特異な人として描かれているけれど——、この13年でアンディの社会的評価が変わったなと感じました。「有害な男らしさ」から一番遠いところにいるのがアンディだもの。

高橋:同僚たちに連れられてクラブに出掛けたアンディはナンパ指南として「酔った女を狙うんだ」とアドバイスされるんだけど、さすがにこれは抵抗ある。道で立ち小便を強要するシーンにしてもそうだよね。

スー:こないだ六本木の目抜き通りで競うように立ちションしてる集団がいてゲンナリしたわ。「男らしさ(マッチョ)」をガサツさや向こう見ずな大胆さと捉えている人がまだいるのね。あと、「お前はこういうところがあるからゲイだ」っておふざけで攻撃するシーンが結構長くてびっくりした。あれが面白いとされてたんだよなぁ、当時は。あと、女性、アジア人、性的マイノリティの扱いも2019年には受け入れられないものがあったな。

高橋:劇中、マイケル・マクドナルドが終始ダサいものとして扱われてるんだけど、今はAOR/ヨットロックの再評価もあって彼の音楽の受け止め方が大きく変わってきてるでしょ? そういうのも含めていろいろと時の流れを感じてしまったよ。ああ、こういう時代だったんだなって。

スー:そうだね。世界が反転する前の、歴史的資料だわ、これは。常にアンディの目線に立って見てれば、今は何が非常識かよく分かる。公開当時は逆だったんだね。

高橋:そうなんだよね。公開当時は自分もアンディの同僚たちと同じ立場から彼を見ていたんだけど、今は完全に視点が逆転してしまってちょっとびっくりしてる。アンディの側から見る同僚たちは彼のことを思いやってるところもあるんだろうけど、自分たちの理解できないものがいきなり目の前に出現して混乱してる感じもある。「俺たちが当たり前のように規範としてきたものをこいつは一切関知してない!」って。

スー:もちろん、すべての男性がこうだとは思わない。一部の男性が抱きがちな思い込みと強迫観念を過剰に誇張しているんだとは思うよ。だから、俗に「男らしい」とされる習慣に馴染めない男性は、これを観て「自分が窮屈に感じる時代は終わった!」と解放されていいと思う。女性だったら何となく自分のパートナーにイラっとしたり、うまく言葉にできないけど傷ついたりした時に、何が原因かを探るのには良いテキストになると思うな。

時代で変わる社会規範

スー:男性の悪い例だけを話してきたけど、女性の「やってはいけないこと」も描かれているよね。パートナーの収集品を売らせるっていうやつ。二人の今後の生活のためにお互い買い物を控えるってことならまだわかるけど、本人の意思に反して売るのはやっちゃダメですよ。自戒の念を込めて言いますが、「相手を変えること」が愛情表現だと思っている女性って少なくない。トリシュもアンディに対して、今の仕事を辞めて自分の店を持って、と大きな夢を持たせて、その資金作りのために大切なものを売らせた。もっと良い未来になると思ってね。ほんと「良かれと思って」なの。でも、これって男性に対しての不当なプレッシャーでしょう。「男なら夢は大きく」も呪いだよ。もうしばらく経ったら「この女はなんて酷いことをするんだ」って全会一致すると思う。

高橋:それこそ思い込みと強迫観念があるんだろうな。自分が思春期に大切にしていたもの、拠り所としていたものを断ち切ることが大人になることの通過儀礼であって、そうしないと社会からは容認されないし、恋人に対して覚悟を示したことにもならない、みたいなさ。たまにバラエティ番組であるもんね、「いつまでこんなものに執着してるんだ!」って夫や恋人のコレクションを勝手に処分しちゃうやつ。ああいうのも見せ方としては女性のほうに正義があって、男は滑稽な存在に描かれがちだよね。

スー:あるある。女として見ていて非常に不愉快。でね、この『40歳の童貞男』、製作者がどこまでフザけていたのか、どこがナチュラルだったのか2019年にもなるとわからないわけですよ。ギョッとするシーンがあっても、笑わせるための誇張表現なのか、敢えて不愉快な思いをさせようとしているのか、それとも「当時はこれが普通」だったのか、今になると正確にはわからない。

高橋:たかだか13年しか経ってないのにね。やっぱりこの時期を境にして大きく時代が変わっていったのかな?

——そんな転換期の作品から学べることって何でしょう?

スー:アンディという存在が2019年の私たちに問いかけてくるのは、「本物の男」とはどういう人物かということ。2006年では滑稽に描かれていたアンディだけど、性的指向で人を判断しない、女性をモノとして扱わない、度胸試しのために社会に迷惑を掛けるようなことはしない、と現代では理想的な男性像ですよ。

高橋:アンディってめちゃくちゃ真っ当なんだよね。彼は童貞だけどいわゆる童貞をこじらた感じではまったくないし、女性を神格化することもなければ見下すこともない。おまけに子供への対応もすごくスマート。彼の振る舞いから見習うべき点はたくさんあるんじゃないかな?

スー:「男たるもの…」っていう社会規範があるからボーイズクラブの男たちみたいになる。女はボーイズクラブ内で順位を競うためのポイントでしかないのよね。いまだにそういうところはあるだろうし。で、アンディはそれを一貫して否定しているのよ。そこが観ている女性としては救いだったな。

高橋:僕もホモソーシャルな状況に置かれて居心地の悪い思いをしたことがあるけど、やっぱり同調圧力に屈してしまうことも多くてさ。なにか違和感を覚えたとしても、そういう場で自分の主義主張を貫き通すのってなかなか勇気がいることなんだよ。そういう点においてもアンディの振る舞いは素晴らしいと思うね。

スー:本筋としては「アンディの恋が実るか否か」を楽しむためのラブコメ映画で、そこは最後に回収されるから一安心なのだけれど。最後にヨシくんに聞きたいことがあって、この作品には普段はデカい口をききながら、フラれた昔の女が忘れられずにストーカーみたいになったり、付き合ってる彼女とうまくいってるのに浮気をする男性キャラが普通に出てくるけど…。なんなんだろう? 「男は女を自分と同じ目線の同じ人間として見ることができない」って聞いたことがあるんだけど、それって女性に対する恐怖心からなの? なんで彼らは女性が同じ人間だって認めると都合が悪くなるのかを知りたいです。

高橋:なんでだろうね。この映画のケースで考えるとしたら、性別でしかアイデンティティを保てないからなのかな? 「男性」に強い帰属意識があって、同じ人間だと認めてしまうとアイデンティティの置き場を見失ってしまうとか…うーん、難しい。

スー:なんか…「男であること」って大変なのね。


ジェーン・スー

東京生まれ東京育ちの日本人。作詞家、ラジオパーソナリティ、コラムニスト。現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」(月曜~金曜 11:00~13:00)でパーソナリティーを務める。

高橋芳朗

東京都港区出身。音楽ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ、選曲家。「ジェーン・スー 生活は踊る」の選曲・音楽コラム担当。マイケル・ジャクソンから星野源まで数々のライナーノーツを手掛ける。

Photo:AFLO

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