2つの歴史的事実を重ねることで突きつける
生きることへの渇望と自分であることの不確かさ

舞台は現代のフランス。祖国ドイツで吹き荒れるファシズムを逃れてきた青年ゲオルクは、ドイツ軍に占領されつつあるパリを脱出し、南部の港町マルセイユにたどり着く。行き場をなくしたゲオルクは偶然の成り行きで、パリのホテルで自殺した亡命作家ヴァイデルになりすまし、船でメキシコへ発とうと思い立つ。そんな折にゲオルクは、一心不乱に人捜しをしている黒いコート姿の女性と巡り合い、美しくもミステリアスな彼女に心を奪われていく。しかしそれは決して許されず、報われるはずのない恋の始まりだった。なぜなら、そのマリーという黒いコートの女性が捜している夫は、ゲオルクがなりすましているヴァイデルだったのだ…。

ドイツの作家アンナ・ゼーガースが1942年に亡命先のマルセイユで執筆した小説「トランジット」を、現代に置き換えて映画化した意欲作。ユダヤ人がナチスの理不尽な迫害を受けた戦時中の悲劇と、祖国を追われた難民が深刻化している21世紀の今の状況という、2つの時代と問題を重ね合わせ再構築している。ここで描かれるのは、他人の身分に乗り換えた青年ゲオルクと夫を待ち続ける美女マリーといった、居場所を探す人々の揺れ動くアイデンティティと手に負えないほどの孤独だ。そんな、人の弱い部分を触媒にして、2人は心を通じあわせ、希望を掴み取ろうとする。シチュエーション的にはサスペンスフルでありながら、主演の2人が見せる寂しさや迷いは、繊細で観ている人の心に入り込み、直接触れられたような確かな感触を残す。彼らの逼迫した状況により起こる、ちょっと突飛に思える行動も、この先何が起こるかわからない(同時に、どんなことでも起こりうる)と考える現代人には十分に感情移入ができる。ラストまで不穏な空気を感じながらも、運命の好転を期待してしまう。

監督は、『東ベルリンから来た女』『あの日のように抱きしめて』で歴史に翻弄された人々の数奇な運命を描いたクリスティアン・ペッツォルト。本作では、主人公の男女がともに過酷な人生を乗り越える中で、「生きたい」「愛したい」「人のために行動したい」といった人間の本質を、運命のいたずらを織り交ぜながら浮き彫りにしていく。主演を務めたフランツ・ロゴフスキは、巨匠ミヒャエル・ハネケの『ハッピーエンド』など話題作に相次いで出演し2018年のベルリン映画祭シューティングスター賞を受賞した注目株(渋い32歳!)。ヒロインのパウラ・ベーアは、フランソワ・オゾン監督作『婚約者の友人』の主演に抜擢され2017年ヴェネチア国際映画祭マルチェロ・マストロヤンニ賞(新人賞)を受賞した女優だ(妖艶な23歳!)。新しい才能の演技を堪能する映画としても秀作なのだ。


『未来を乗り換えた男』

監督:クリスティアン・ベッツォルト
出演:フランツ・ロゴフスキー、パウラ・ベーラゴーデハート・ギーズ、リリエン・バッドマン、マリアム・ザレーほか
2019年1月12日よりヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館他全国公開
©Schramm Film

『未来を乗り換えた男』公式サイト

Text:Hisamoto Chikaraishi