心身に作用するテクノロジーが
文学作品には使われている

 文学作品、あるいは映画やドラマ、漫画やゲームなどさまざまなコンテンツは、純粋な娯楽または芸術としてあつかわれがちだ。楽しんだり感動したり、といった形で消費するものと見なされている。


 いっぽう、文学と神経科学の両方を修めた著者は、文学作品をもっとメンタルに効く、さらにはフィジカルに効くものとして記述しようとしている。唯美主義的芸術至上主義者・娯楽至上主義者に怒られそうなところが本書の気持ちよさ。作中の言語技法やストーリー展開は、人の傷を癒やしレジリエンスの力を高め、生の可能性を豊かに拡げるテクノロジーだという。


 ギリシアや中国の古典から、発掘された古代文学やフィールドワークで記録された民間説話、コミックや映像作品を含む現代の作品など、さまざまな作品には、秘密の暴露、パラドックス、自由間接話法、アレゴリー、思考実験的異世界、フラッシュバックといった多様な技法・設定が使われている。それは受け手の脳や神経に作用し、健康や幸福(ウェルビーイング)に好影響を及ぼす。そういう話らしい。


 著者の「効きます」という断言は無責任といえば無責任だ。細かな論証が省略されていて、ちょっと言いすぎなんじゃないかと思うことも多い。でも僕にとっては、本書のキモはそこではない。


 本書のおもしろみは、それっぽい神経科学的な説明よりも、作家の着想を表現史のなかに大づかみに位置づける手際の大胆さにある。文学作品のなかで各技法が応用された瞬間を、著者はフィクショナルなショートストーリーの形で提示する。


 おとぎ話の楽観主義によって「運」のデタラメさを実感すること。ジョージ・エリオットの『ミドルマーチ』(光文社古典新訳文庫)で感謝の感情を疑似体験すること。『羅生門』の語りで信念をリセットすること。オペラや『ゴッドファーザー』で孤独を中和すること。二五の処方箋は大真面目だ。


 文学には幸福に資する力がある、と著者は断言する。記述はフェアで、文学の望ましくない作用もきちんと挙がっている。本書は文学作品のサプリメント的用法を提案する、古くて新しい自己啓発本だ。


BOOK

『文學の実効 
精神に奇跡をもたらす25の発明』

アンガス・フレッチャー著 山田美明訳
CCCメディアハウス ¥4,950

フレッチャーは神経科学と文学の学位に加え、イェール大学で博士号を取得。オハイオ州立大の学術シンクタンク《プロジェクト・ナラティヴ》教授。スタンフォード大でシェイクスピアを講じる。山田美明は1968年生まれ。東京外国語大学英米語学科中退。訳書にダグラス・マレー『大衆の狂気 ジェンダー・人種・アイデンティティ』(徳間書店)など。


千野帽子
文筆家、俳人。パリ第4大学博士課程修了。専攻は小説理論。著書に『物語は人生を救うのか』(ちくまプリマー新書)、共著に『東京マッハ』(晶文社)などがある。


Photo:Mai Shinya

SERIES

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