2018.12.07

ジェーン・スー&高橋芳朗の愛と教養のラブコメ映画講座Vol.1『おとなの恋は、まわり道』

コラムニストのジェーン・スーと音楽ジャーナリストの高橋芳朗がこよなく愛するラブコメ映画について熱く語る新連載がスタート。記念すべき第1回目に取り上げる作品は『おとなの恋は、まわり道』だ。

ジェーン・スー(以下、スー):UOMO読者のみなさん、はじめまして。我々、――とあるサイトでラブコメ映画について語り合う連載をやっておりましたが、このたびUOMOにお引越ししてまいりました! 末永くどうぞよろしくお願いいたします。

高橋芳朗(以下、高橋):でも「なぜ男性向けメディアでラブコメ映画の連載を?」と不思議に思ってる方も多いかもしれないね。

スー:「ラブコメ映画はオンナ子どもの見るものでしょ?」ってロマンチックアレルギーの男性も多いと思うけれど、実は情緒の筋トレとストレッチにラブコメ映画はもってこい。普段使わない「感情筋」を、このコラムでグイグイ伸ばしていただければ、と。ラブコメ映画はある程度型の決まった伝統芸とも言えるし、楽しみ方は幾通りもあります。

高橋:「お約束」をいかにうまく見せるか、という点においてラブコメ映画は脚本の勉強にもってこいって言われてるしね。でもまあ、まずは頭を空っぽにしてラブコメ映画の世界に飛び込んでもらえるとうれしいです。

ジェーン・スー&高橋芳朗の愛と教養のラブの画像_1

中年二人のこじらせ恋愛物語

――連載1回目に取り上げる作品は公開したばかりの『おとなの恋は、まわり道』です。

高橋:ではさっそく簡単なあらすじから。「豪華なリゾートウェディングに出席することになった偏屈男フランク(キアヌ・リーブス)と毒舌女リンジー(ウィノナ・ライダー)。式場のあるリゾート地へ向かう空港で偶然出会った二人はいきなり対立。飛行機の席からディナーのテーブル、ホテルの部屋まで、すべて隣同士になったことから口を開くたびに激しいバトルを繰り広げるが、口論を重ねていくうちに互いの共通点に気づき始め…」というお話。

スー:ラブコメ映画の基本中の基本、“のちに結ばれる二人ほど、最悪の出会い方をする”っていう始まり方なんだけど、それをやってるのが中年同士なのが味わい深い。しかも、あのキアヌとウィノナ。キラキラした時代の二人を知ってる身としては、「おぬしもワシも年を取ったよのう…」とひとりごちたくなったわ。おまけに、二人とも神経質でウザい役どころなのよね。性格に難ありの中年二人のラブコメ映画、すごくチャレンジングだと思いました。

高橋:ここで僕らが提唱しているラブコメ映画に必要な4つの条件を挙げておこうか。

1. 気恥ずかしいまでの真っ直ぐなメッセージ
2. それをコミカルかつロマンチックに伝える術
3. 適度なご都合主義
4. 「明日もがんばろう!」と思える前向きな活力

スーさんが指摘しているように、この映画はチャレンジングな取り組みではあるんだけど、それでも上の4つの条件はきっちり満たしてるんだよね。

ジェーン・スー&高橋芳朗の愛と教養のラブの画像_2
スー:おっしゃる通り。主人公がアラサーだったら王道のラブコメ映画だよね。でも、出てくるのが中年だとそうはいかない。ウザみが致命的なのよ! だけど、そんな二人をなぜか嫌いになれないのよね。臆病で理屈っぽいところは、自分もそうだなと思ったり。今までいろいろなことがあって、こういう性格になったのだろうなと思いました。 高橋:この映画は会話劇なんだけど、じつは主演のキアヌとウィノナの二人にしかセリフがない。それは映画が始まってわりと早い段階で気づくことになると思うんだけど、まあ大胆な構成ではあるよね。この設定からリチャード・リンクレーターの『ビフォア・サンライズ』(1995年)を連想する人も多いと思うけど、残念ながらそんなロマンチックなものじゃない(笑)。これは言ってみれば『ビフォア・サンライズ』の悪夢バージョン。『ビルとテッド』ならぬ『キアヌとウィノナの地獄旅行』といった感じなんだけど、それでも一級のラブコメディとして成立してるのがすごい。 スー:『地獄の黄昏流星群』だよね。とは言えヨシくんも私もこの映画を2回観たら、2度目の方が断然グッときた。1回目はウィノナ・ライダー演じるリンジーとキアヌ・リーブス演じるフランクが、自分たちと同じ冴えない中年であることにノックアウトされて終わったところが若干ある。でも、2回目を観てみたら、「素敵なことがひとつも起こらない、びっくりするくらい素敵なお話」だった。 高橋:ウィノナもキアヌも全然イケてないのにね。たとえば『オータム・イン・ニューヨーク』(2000年)のウィノナ、『スウィート・ノベンバー』(2001年)のキアヌを期待して臨むと盛大にずっこけることになる。 スー:ずっこけまくるね。二人はめちゃめちゃ不安定かつ、めんどくさい役柄だもの。でも、彼らは昔からこういう役柄もやってきたんだよ。『リアリティ・バイツ』(1994年)のウィノナだって、よく考えたらかなりウザい。ではなにが違うかと言うと、あの頃はウザさやエグみが“若さ”でシュガーコーティングされていたのよね。この映画はシュガーコーティング無しだから、最初はうわー! って思うんだけど、後半からどんどん彼らが愛しくなっていく。だんだん自分自身の存在をも肯定できるようになって、自分でもびっくりした。30代後半以降の人はそう思う人が多いんじゃないかな。
ジェーン・スー&高橋芳朗の愛と教養のラブの画像_3
高橋:全編を二人の会話劇で通したのは、仕事も恋愛もうまくいかないフランクとリンジーの社会に対する距離感のメタファーになっているんだろうね。要は社会不適合者。 ――では、「最高だった!」という印象に残ったシーンを教えてください。 スー:二人が初めて愛を交わす場面ですね。あそこは最高。声出して笑ってしまった。この映画って、人間の愛すべき愚かさや滑稽さっていうのを執拗に見せてくるんですよ。それがあの場面に一番現れている。あと、山猫のシーンもよかった! 高橋:山猫のシーンはこの映画で起こる唯一の「ドラマ」と言ってもいいかもしれない(笑)。 スー:山猫事件が後々の起爆剤にもなっているし。このあたりから、どんどん二人が愛おしくなってしまって。きっと二人とも誰かを愛したくて仕方なかったんだと思う。「誰かに愛してほしい」じゃなくて、自分の愛を誰かに注ぎたかった。でも、それが無駄になる経験は何度もしているから、愛情の栓をギュッと閉めていたんだけど、そこが開いた時の反動たるや…。 高橋:リンジーに関しては、途中からずっと「私たち二人のあいだにはひょっとしたらなにかあるのかもしれない」と信じようとしているんだよね。彼女はまだギリギリ恋愛に飛び込もうとする勇気と覚悟を持ってるんだけど、でもフランクはもう諦めてしまってる。 スー:同世代の男性はフランクの気持ちが手に取るようにわかるのではないかな。リンジーの「なぜ人は生きるのかしら」っていう壮大な、それこそフランクが一番嫌いなタイプのセリフがあったけど、その答えは映画の最後にちゃんと提案されてます。人がなぜ生きるのかというと、明日に希望を見出すことをやめられないからなんだと思いました。フランクは、カラカラの砂漠に僅かながら残っていた「愛する」ことに対する希望を捨てられなかったんだろうな。 高橋:最後の最後、リンジーがフランクにしれっと活路を残すのがいいよね。あれはすごくラブコメ的なカタルシスがあったな。
ジェーン・スー&高橋芳朗の愛と教養のラブの画像_4

これぞ、最後のラブコメ!?

高橋:それにしても、こんなにめんどくさいラブコメはちょっと観たことがないな。これはいろいろな意味で「ラスト・ラブコメ」といえるかも。恋愛に関してまだ微かにでも希望を見出している人、もう諦めモードに入っている人も一見の価値があると思う。恋愛運の悪い男女に優しい映画だよ。

スー:中年男性にこそ、観て欲しい一本。「本当は優しくて愛情深いのに、ケチで理屈っぽくて臆病で虚勢を張っているあなたは、まるでフランクなのでは?」と。若い女の子との恋愛じゃ垣間見れない、あの本音心というか。

高橋:なんか話せば話すほどに特異なラブコメという気がしてきたぞ…これ、人によっては手放すことのできない「お守り」みたいな映画になるんじゃないかな?

スー:本当にそう思う。自分のめんどくささを自覚している人は特に。二人の鼻につくところほど、じつは自分が見ないようにしている自分自身な気がする。くどかったり、諦めが悪かったり。そういうところも全部含めてね。

――会話劇なので“会話”がキーだと思うのですが、印象に残ったセリフはありますか?

スー:会話劇だけど、8割9割はどうでもいい話なんですよね。強いて言えば、リンジーが政治的に正しくない発言等を取り締まって訴訟を起こす会社に勤めてるって言ったあとのフランクのセリフの数々。キアヌ・リーブスの口を借りて過度なポリコレに対する辛辣な批判をずーっと言わせてて、制作側の本心が透けて見えた気がしました(笑)。

高橋:このくらいの年齢のカップルを対象にしたこじらせ系のラブストーリーはこれまでにも結構あったと思うけど、ここまで徹底的にやったケースは意外とないかもしれない。

スー:会話劇だし、この二人だしね。インディーズっぽく無名の俳優さんを使ってやることもできるけど、それだとよくある普通の話になっちゃう。この二人がやっているから本当に意味があるんだって思った。二人が今まで数々の映画の中でどういう役割を果たしてきたのかがあってこそだね。

高橋:今回の二人の共演はウィノナがキアヌを誘ったことで実現したみたいなんだけど、そのあたりウィノナも十分わきまえてるんだろうね。実際、キアヌやウィノナと一緒に成長してきたアラフォー、アラフィフの男女なら確実に刺さるものがあるはず。ある意味、青春時代に『リアリティ・バイツ』や『ビルとテッドの大冒険』を見てきた人たちのための映画だと思う。

スー:私たちと同世代やちょっと上の人たちは、やっぱりどこかで若いつもりでいたいわけですよ。ある程度の若さをずっと保っているセレブリティを見て、自分もどこかで「まぁ、若い」くらいのことを思っていたんですよね。でも、容姿ではなくて、中身のおっさん&おばさん臭さを見ると、「自分に思い当たる節がすごくある」って感じて、自分の加齢をしめやかに諭される感じ。ヨシくんが言ったお守りじゃないけど、見る人によっては一生の宝物になる映画だと思う。あと、無茶を承知で言いますけど、2回観ることをオススメします!


『おとなの恋は、まわり道』

監督・脚本:ヴィクター・レヴィン 
出演:ウィノナ・ライダー、キアヌ・リーブス
12月7日(金) TOHOシネマズ 日比谷ほか全国公開
『おとなの恋は、まわり道』公式サイト

ジェーン・スー

東京生まれ東京育ちの日本人。作詞家、ラジオパーソナリティ、コラムニスト。現在、TBSラジオ「ジェーン・スー 生活は踊る」(月曜~金曜 11:00~13:00)でパーソナリティーを務める。

高橋芳朗

東京都港区出身。音楽ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ、選曲家。「ジェーン・スー 生活は踊る」の選曲・音楽コラム担当。マイケル・ジャクソンから星野源まで数々のライナーノーツを手掛ける。

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