2023.05.30

仕事を頑張るアラフォー女性を癒す夢のようなお話【ジェーン・スー&高橋芳朗 ラブコメ映画講座 #59『恋のツアーガイド』】

毎日頑張る女性の心を癒してくれる新作映画をピックアップ! 女性向けの作品だが、観光映画としても秀逸なので、ベトナム旅行を考えている男性は是非観てほしい。

恋のツアーガイド

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――4月下旬に配信がスタートしたばかりのネットフリックス(Netflix)オリジナル映画『ツーリスト・ガイド・トゥ・ラブ 恋のツアーガイド』(2023年)です。いかがでした? ジェーン・スー(以下、スー):アラフォー女性は悶絶かもね。ラブコメ映画の「基本のキ」を丁寧になぞった秀作でした! 高橋芳朗(以下、高橋):まさにまさに。ラブコメの教則本みたいな映画だったね。では、まずはあらすじから。「5年交際した彼氏にフラれてしまった旅行会社の役員アマンダ(レイチェル・リー・クック)は、失恋の傷を癒すことを兼ねてベトナムの観光産業を調査するため現地に赴くことに。そこで出会ったのは、アメリカ育ちのベトナム人ツアーガイドのシン(スコット・リー)。アマンダは安定志向で変化を望まないタイプだったが、シンの導きでガイドブックや常識にとらわれない旅をしていくうちに心に変化が現れる。一方のシンもそんなアマンダの姿に惹かれていくが…」というお話。丁寧に張られた伏線を丁寧に回収していく愚直なまでの堅実さが素晴らしいね。これだけ丹念に作り込んでいけば王道なラブコメディもまだまだ通用するんだよな。 スー:そうそう。プロットはクラシック中のクラシック。「意中の相手に言い出せない秘密があるから盛り上がる」って、まさにラブコメの定番だもんね。秘密がバレてから、いきなりエモくなって物語が加速する展開も鉄板。そうだとわかっていても、思わずキュンとなっちゃったわねーアハハ。 高橋:ここまで定石を手堅く踏んでいくラブコメ映画もいまとなっては貴重だよね。シンのセリフなんてすべてが伏線として機能している節すらある。
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スー:うん、とにかくすべてが伏線。のちに全部回収。オーソドックスな話なんだけど、ちゃんとアップデートされてるのが高ポイント。キャラクターの設定もよかったよね。仕事以外は思い通りにならないアラフォー女性のアマンダ。仕事と違って恋愛は頑張ったところで報われないこともあるから仕方ないんだけど、アマンダに共感する女性は多いと思う。で、そんな彼女がつい選んでしまうネイルの色が白。白っていうカラーも、「私は安定志向。変わらないし、チャレンジしない」っていうセリフと呼応してる。真面目なのよね。とにかく冒険しないし、変更や変化が苦手なタイプ。なんでも事前にわかってないと不安になるしね。 高橋:シンがアマンダからガイドブックを取り上げたのもそういうことだよね。でも、そんな彼女もシンに導かれるようにして少しずつ殻を破っていく。その最初の一歩になるのが、敬遠していたドリアンを思いきって試食するくだり。 スー:ドリアン描写にあんな時間割かなくてもいいなと思ったけど、欧米の人にとってはまだまだ珍しい食べ物なのかもね。殻を破る描写として、わかりやすくはある。全部がわかりやすいのよ。なんていうか、月9っぽいんだよな。そして少女漫画っぽくもある。 高橋:それでいて「明日への活力を得られるラブコメディ」としてもよくできているからね。こういうもろもろの要素はシンの振る舞いによってもたらされているところが大きいと思っていて。実際、担当の山本さんは彼にメロメロになっていたからね(笑)。 ――お恥ずかしい(笑)。でも、参加したツアーにあんなガイドがいたら大抵の傷心アラフォー女性はやられてしまいますね。カッコよくて優しくて、ちょっと強引で。鍛え上げられた肉体美もよかったですし。
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スー:シンが海から上がってくるシーンがスローモーションたったのは爆笑だった。あそこでアマンダがシンを男と認識したってことよね。アップデートされているからか、女じゃなくて男の肉体美にフォーカスしてるのよ。アマンダの肌の露出が高いシーンなんてひとつもないもの。で、ポワーンとなったあと一緒に籠の船に乗って海に落ちるっていう…これも鉄板中の鉄板。あそこでふたりは完全に恋に落ちたね。 高橋:そのくだりに象徴的だけど、お約束をきっちりこなしてくれるのがうれしいよね。キービジュアルになっている灯籠流しのシーンも含め、このへんの甘酸っぱさはまさに少女漫画的。 スー:うんうん。アラフォー女性の疲れた心を癒す、少女漫画と月9要素満載のラブコメディ。オープニングから後半までは、「へー。うまくできてるなぁ」なんて俯瞰で見てたんだけど、元カレのジョン(ベン・フェルドマン)が出てきてからのシンの子どもじみた態度あたりから、まんまと引き込まれちゃった(笑)。 高橋:あとストーリー自体はラブコメディのセオリーを踏襲しているんだけど、アマンダとツアーを共にする同行者の顔ぶれが意外性に富んでいて興味深かった。アフリカ系の女性カップルとその娘、夫がリタイアしたばかりのシニア夫婦、そしてひとりで参加の白人青年。彼らの存在や言動もアマンダの心情に微妙な影響を及ぼしていくことになって。 スー:ツアー参加者のメンツは自然にアップデートされてたね。シニアの夫婦は、結婚当初に行けなかったハネムーンで来ていて、奥さんの「一緒にいられたら場所はどこでもいいのよ♡」ってセリフが芯を食っていたし、ひとり参加の青年アレックス(アンドリュー・バース・フェルドマン)は旅先で動画を配信しているんだけど、その理由が老人ホームにいて旅に出られないおじいちゃんのためっていうのもいい話。同性愛カップルの娘ロビン(モーガン・ダッドリー)とアレックスの異人種間の恋愛未満の関係もサラッと出してきて、今っぽいと言えば今っぽい描写もある。そして、ジョンも悪い奴ではなかった。今回の作品で特筆したいのは、意地悪な人が誰も出てこないってところ。悪者がひとりもいないのよ。それでも物語は回るんだなって。
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――そして、今作の魅力のひとつでもあるのがベトナムを堪能できるところ。ホーチミンから始まり、ホイアン、ダナン、トンチャン、ハノイといろいろな地域を巡りますよね? 観ているだけでベトナムへ行きたくなりました。 高橋:そう、観光映画としても秀逸なんだよね。 スー:ベトナムに行きたくなる映画だよね。欲を言えば、もうちょっと料理を見せて欲しかったかも。食事のシーンって、艶っぽくなるからたくさん入れればいいのに…と思うのと同時に、あけ透けな表現や下品なシーンが苦手な女性にはぴったりのラブコメだとも思った。 高橋:ベトナムを戦争から切り離して描いたアメリカ製作の映画という点でも新鮮だったな。シンの「訪れた人たちに最高のベトナムを見せなくちゃいけない」みたいなセリフもそうだけど、新しいベトナムのイメージを打ち出そうとしている気概が節々から感じられて。アマンダが市場で手に取ったフェニックス柄のスカーフはのちのちキーアイテムになるんだけど、再生と再出発の象徴であるフェニックスはアマンダの人生はもちろん、ベトナムの未来も重ね合わせているのかもしれないね。 スー:細かい!! 重箱の隅を突くならば、以前紹介した『チケット・トゥ・パラダイス』(2022年)じゃないけど、「旅で簡単に人生変わりすぎ!」とは思うわね。と同時に、「ラブコメはやっぱりこうじゃなきゃ!」とも思う。やっぱり適度なご都合主義が必要なのよ。ふたりが結ばれても、アメリカとベトナムの“遠距離”をどうするかってことは一切描いていないのも、ラブコメならではの無責任さでよかった。
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高橋:そういった意味では僕たちが提唱している「ラブコメ4カ条」(1. 気恥ずかしいまでの真っ直ぐなメッセージ。2. それをコミカルかつロマンチックに伝える術。3. 適度なご都合主義。4.「明日もがんばろう!」と思える前向きな活力)を完璧にクリアしてるんだよね。主演のアマンダを演じるレイチェル・リー・クックはプロデューサーを務めつつストーリーのアイデアも提供しているんだけど、出世作の『シーズ・オール・ザット』(1999年)から24年、アラフォーの彼女がここにきてキャリアを代表する作品を送り出してきたのは本当に感慨深い。しかもこれが『シーズ・オール・ザット』の少女漫画イズムを見事に継承しているんだからさ。感動もひとしおだよ。 スー:そんなアラフォー女性が5年付き合って結婚するかと思っていた男にフラれて、旅先でイケメンに出会って恋に落ちるなんて夢がある! 未来にタイムスリップしてきた貴族の男性と恋に落ちるニューヨーク在住キャリアウーマンのラブコメ作品『ニューヨークの恋人』(2001年)があるけど、正直それと同じくらいの確率だよ! 毎日仕事を頑張るアラフォー女性が安心して観られる夢のようなお話だね。仕事後で疲れていても気楽にスタートできる。 高橋:うん。日曜の夜に観るラブコメとしては最高なんじゃない? スー:人生観をガラッと変えてはくれないけど、未来に少しだけ希望は持てる作品だね。毎日を進めていくには、そういう作品が必要よ。

『恋のツアーガイド』

監督:スティーブン・ツチダ
脚本:エイリーン・トラン・ドナヒュー
出演:レイチェル・リー・クック、スコット・リー、ベン・フェルドマン、ミッシー・パイル
製作:アメリカ(2023年)

Netflix映画「恋のツアーガイド」独占配信中

ジェーン・スー

東京生まれ東京育ちの日本人。コラムニスト・ラジオパーソナリティ。老年の父と中年の娘の日常を描いたエッセイ『生きるとか死ぬとか父親とか』がドラマ化。近著に『闘いの庭 咲く女 彼女がそこにいる理由』、大人気ポッドキャスト初の公式ファンブック『OVER THE SUN 公式互助会本』など。TBSラジオ『生活は踊る』(月~木 11時~13時)オンエア中。

高橋芳朗

東京都出身。音楽ジャーナリスト/ラジオパーソナリティー/選曲家。著書は『ディス・イズ・アメリカ 「トランプ時代」のポップミュージック』『生活が踊る歌』など。出演/選曲はTBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』『アフター6ジャンクション』『金曜ボイスログ』など。

Composition&Text:Mayu Yamamoto

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