2023.04.11

『ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ』|マンガ表現の現在地を象徴する、奇跡のような作品【マンガ編集者を唸らせるこのIPPON|浅田貴典】

数多くの漫画を見てきたマンガ編集者が「おもしろい」と思わず口に出してしまう作品がある。今回取り上げるのは、国民的4コマギャグマンガ作家である、いしいひさいち先生の『ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ』 だ。

『ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ』の画像_1

マンガ表現の現在地を象徴する、 奇跡のような作品

 2023年度の「このマンガを読め!」でめでたく第1位に輝いたのが、この『ROCA 吉川ロカ ストーリーライブ』。作者は、1970年代の『がんばれ!! タブチくん!!』に始まり、長年にわたって朝日新聞紙上で連載された『となりの山田くん』『ののちゃん』に代表される国民的4コマギャグマンガ作家である、いしいひさいち先生。スポーツ物から時事ネタまで幅広く取り上げ、笑いへのアプローチ一つとっても、センスオブワンダー。多彩、多芸、多作。それでいてオリジン…とてつもなく偉大な作家です。

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 そんないしいひさいち先生が、長年かけて培ったありあまる構成力をいかんなく発揮したのが本作。とある地方の海辺の町に住む女子高生・吉川ロカが、ポルトガルの国民歌謡であるファドの歌手を目指す…というのが大筋ですが、まるで一本の映画のような完成度。どのコマをとっても一分の隙もなく完璧です。先生らしい4コマ独特のテンポ感で見事にストーリーを展開しつつ、同時に、毎回4コマでオチをつけているのがすごい。「こんなに果てしなく“パンチ”をヒットし続けられるものか?」と、緻密な職人芸を目の当たりにしている気持ちになります。
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 ファドを理解する概念として、切なさや思慕を意味する「サウダージ」という言葉がキーとして登場するのですが、この作品自体が大きなサウダージに包まれているかのよう。主人公の成長と、青春の終わりの寂しさが過不足なく描かれていて、その加減が実に絶妙。これ以上何かを足す必要もなければ引く必要もない。究極の名人芸です。今後、アニメ化や実写ドラマ化に期待したい半面――また本来、そこには序列はないのですが――本作に限ってはマンガという手法がすでに最適解である気がしてなりません。

 最後に特筆すべきは、本作が自費出版である点です。商業マンガ誌にウェブやアプリ、オリジナルの同人誌や即売会、画像共有サイトにSNS…現在、マンガはあらゆる形式・場で発表されていて、豊かな「生態系」が存在しています。人間の想像に果てはなく、常に新しい才能や表現が生まれ続ける奇跡――マンガって本当にいいものですよね。これを、本連載の締めの言葉とさせていただきます。


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『ROCA
吉川ロカ ストーリーライブ』

いしいひさいち

「キャラデザ最高。線を極限まで減らした究極のデフォルメ。これまで描かれた老若男女すべてのキャラが今作のサウダージに結集されている」



浅田貴典
1973年生まれ。マンガ編集者。週刊少年ジャンプ、ジャンプスクエアで『ONE PIECE』『BLEACH』『血界戦線』などを立ち上げた。現在は集英社第3編集部部次長、第3編企画室室長。


©️いしいひさいち

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