「能力社会」という噓に抗う。
そのとき「生きる力」が現れる

 本書が出てすぐ、途中まで読んだ知人から内容を紹介され、「どんな本なのかぜんぜんわかんないんだけど……」と口走ってしまった。本欄でも読者のみなさんにわかるように伝える自信がない。すまない。


 著者は組織人事コンサルティングの会社の代表。本書は、世人のビジネス観が依拠する暗黙の前提を掘り出して光を当て、ときにはその根拠を問い直す「メタビジネス書」……なんだけど、これで本書の「感じ」が伝わるとも思えない。


「能力社会」という言葉は、みなさん聞いたことがあるでしょう。僕らはつい、個人個人に「能力」(capability)が埋蔵されていて、埋蔵量が大きい人がそれをうまく発揮すれば仕事で成功する、などと思って生きている。でも本書を読むとそれ、「株で損したのは悪いことをした罰が当たったのだ」に似た、民間信仰のようなものかもしれないと思うようになった。


 著者の主張以上に、紹介される数多い事例が、本書のおもしろさを作っている。たとえば、人材開発大手のヘイグループ(現コーン・フェリー・ジャパン)の調査では、会社の業績を決める最大要因は、人材やスキルではなく、「組織風土(運営スタイル)」にあるという。計量的調査から出たであろう結論が「質的調査」っぽい答えだったのがおもしろい。個人のパフォーマンスを活かすも殺すも、個人と組織、個人と個人の相性なのかな。


 本書は対話篇形式。能で言うシテが著者の分身・マイ、ワキがその長男・ダイ、ツレがダイの妹マル。ダイは大企業入社2年目が始まってまもない23歳で、上司から〈仕事ができないやつ〉のレッテルを貼られて息も絶え絶え。マルはドライな女子高生。そしてマイはダイの呼びかけに応えて遺影から出てきた亡母なのだ! カバー画で〈勅使川原真衣〉が死者の頭にある天冠をつけてる理由はそれだった。


 幼い子どもたちを育てつつ癌闘病中の著者が、この酷薄な社会を生きる15年後のわが子たちに宛てた能力論・組織論。「生きる力」なんてものは「能力社会」という欺瞞に抗ってこそ現れるという骨っぽい主張に、著者の覚悟を見た。


BOOK

『「能力」の生きづらさをほぐす』
勅使川原真衣著 執筆伴走=磯野真穂
どく社 ¥2,200

勅使川原真衣は1982年横浜市生まれ。東京大学大学院教育学研究科修士課程修了。ボストン・コンサルティング・グループ、ヘイグループなど外資系コンサルティングファーム勤務を経て、おのみず株式会社を設立、組織開発に従事。磯野真穂は1976年安曇野市生まれ。人類学者。国際医療福祉大学大学院准教授を経て独立。著書『他者と生きる リスク・病い・死をめぐる人類学』(集英社新書)など。


千野帽子
文筆家、俳人。パリ第4大学博士課程修了。専攻は小説理論。著書に『物語は人生を救うのか』(ちくまプリマー新書)、共著に『東京マッハ』(晶文社)などがある。


Photo:Mai Shinya

SERIES

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