運命の途上にいる家族が捉えた
父親の過去の罪と息子への愛情の行く末

ミハエルとダフナ夫妻のもとに、軍の役人が息子のヨナタンの戦死を知らせるためにやってくる。ショックのあまりダフナは気を失い、ミハエルは平静を装うも役人の対応に苛立ちを覚える。そんな中、息子の訃報が誤りだったとわかる。安堵するダフナと対照的に怒りをぶちまけるミハエルは、すぐに息子を帰国させるように要求する。一方、戦地の検問所にいるヨナタンとその仲間たちは、どこか緊張感のない時間をゆったりと過ごしていた。ある日、若者たちが乗った車が来る。いつも通り身分の照会だけの単純な取り調べのはずだったが、悲劇が起こってしまう。

両親は息子の生死に感情を揺り動かされ、瀟洒な自宅の中で生きた心地がしない。その息子は生死に対する感情から取り残されたような、のどかで広大な戦地で淡々と任務をこなしている。そんなちぐはぐに思えるふたつのシチュエーションで語られるのは、家族の愛だ。それは本来、一本道のように理由なくまっすぐで、見失うことがない。しかし、ミハエルやヨナタンにふと一瞬生まれる、自分が抱える心の隙や弱さがグラデーションのように重なることで、罪と傷をあらわにし、予想しえない回り道を強いられることに…。この作品は、登場人物が能動的に描く家族のドラマであるが、その実、運命をもたらす受動的な見えざる力を感じさせるところに、物語の奥行きを感じる。それを表現する空からの視点をはじめ、静謐な世界観とスタイリッシュな映像美が見る者に没入感を促すだろう。

サミュエル・マオズ監督は本作について「罰は極めて正確に罪に見合っている。(中略)そこには運命につきものの皮肉も感じられる」と語っている。ここで思うのは、運命とは“行いと報い”が釣り合った瞬間に認識するものかもしれないということ。罪と罰や善行と僥倖、また日常でいう準備と成功など、つねに無意識に運命の種まきをしていて、収穫を待っている。原題であり、作中にもキーワードとして出てくる「FOXTROT(フォックストロット)」は、1910年代はじめにアメリカで流行した社交ダンスのステップを指す。足の動きは「前へ、前へ、右へ、ストップ。後ろ、後ろ、左へ、ストップ」。つまり、いくら動いても結局同じところに戻って来る。人生としてはどこか寂しい気もするが、その分よりよく生きるための意識が刺激されることは間違いない。


『運命は踊る』

監督:サミュエル・マオズ
出演:リオール・アシュケナージー、サラ・アドナー、ヨナタン・シライ、シラ・ハースほか
2018年9月29日よりヒューマントラスト有楽町、新宿武蔵野館ほか全国公開
© Pola Pandora – Spiro Films – A.S.A.P. Films – Knm – Arte France Cinéma – 2017

『運命は踊る』公式サイト

Text:Hisamoto Chikaraishi