天下無敵のジェシカ・ジェームズ

天下無敵のジェシカ・ジェームズ ジェーン・スー ラブコメ 高橋芳朗

--ネットフリックスオリジナル作品『天下無敵のジェシカ・ジェームズ』(2017年)です。いかがでした?

高橋芳朗(以下、高橋):元気をもらいました! 冒頭からエチオジャズのムラトゥ・アスタケが流れてくる力の抜け具合や上映時間90分を切るタイトさも含めて、たとえば日曜の夜に観るラブコメとしては最高でしょう。新しい一週間に良いテンションで臨めそう。

ジェーン・スー(以下、スー):うん、ポジティブすぎないところもよかったな。

高橋:では、まずは簡単にあらすじを。「恋人デーモン(ラキース・スタンフィールド)との破局から立ち直れずにいるニューヨーク在住劇作家志望のジェシカ(ジェシカ・ウィリアムズ)。ある日彼女は渋々参加したブラインドデートで離婚したばかりのブーン(クリス・オダウド)と出会う。ふたりのデートは最初は暗い雰囲気だったものの最終的には打ち解け、一線は越えないまでも夜を共にすることに。別れた相手に対して互いに未練があることを認め、それを断ち切って新しい恋愛をすべくふたりの距離は近づいていくのだが…」というお話。日常を淡々と綴っていくリアル志向のラブコメだね。

スー:ジェシカを始め、キャラクターそれぞれにリアリティがある。普通の人たちなのよ。そういう意味ではリアリティがあるのだけど、ブーンとジェシカは異人種間の恋愛なのに、その点について何も触れられないのは少し気になったかな。リアルに見せかけた巧妙なファンタジーのようにも見えるね。

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高橋:異人種間の交流が行われているのは、ジェシカとブーンに限らずジェシカを取り巻く主要キャラクターすべてにいえること。かといって、それゆえのすれ違いが描かれるわけでもない。

スー:うん、まったくなかったね。少しくらい出てくるかなと思ったけれど、なかった。それでも観れば元気は出るし、全体的に会話劇として非常に秀逸。脚本を読みたくなったくらいよ。

高橋:そのへんはニューヨークラブコメの面目躍如でしょう。特になにか大きなドラマが起こることもないから、ぼんやり見ているとどんどんお話が流れていってしまうんだけど、実はなにげないシーンやセリフにたくさん魅力が詰まってる。ジェシカとブーンのやり取りなんて、ほぼすべて素敵じゃない?

スー:会話劇といえばのラブコメ映画『恋人たちの予感』(1989年)が有名だけれど、あれを彷彿とさせられちゃった。特に好きなのは、ジェシカが友人のターシャ(ノエル・ウェルズ)の家でベッドに横たわりながら話しているシーン。「最近どんなバイブを使ってる? おすすめは?」ってジェシカが聞くと「ひとつだけ選べってこと? ひとりの男で完璧に満足できる?」ってターシャが答えるの。これは笑った。

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高橋:フフフフフ、細かいところでしれっとバイブネタを挟んでくるんだよな。個人的には、ブーンと一夜を過ごしたいジェシカがためらう彼に対して「おやすみは朝でも言える」ってひと押しするシーンが大好き。お互いの元恋人のインスタグラムをフォローして状況を逐一報告し合うことを約束するくだりのやり取りも微笑ましかった。その結果、ジェシカのもとには「彼、いまごろ『ソプラノズ』にハマったぞ」なんてレポートが入ってくることになる(笑)。

スー:気が利いた会話だらけだったよね。ほんとになに気ないんだけど、ジェシカとブーンの最初のデートでジェシカが言うわけよ。「恋人だと思っていた男を吹っ切りに来たはずが、余計思い出してる」って。で、ブーンが尋ねる。「どんな風に?」と。するとジェシカは言う。「あなたとは違ったなって」って。これ、失恋直後に気分を変えようと無理矢理デートに出掛けた女が、口には出さないけど頭では考えちゃってることなの、まさに。

高橋:それは女性に限ったことじゃないと思うよ。実際、自分にも心当たりがある(苦笑)。あれは相手に対して失礼なうえ、結果的に失恋の傷を深めるだけでいいことなにもないんだよな…それはともかく、ニューヨークを舞台に失恋からの再生を描いたラブコメディということで同じネットフリックスオリジナル作品の『サムワン・グレート〜輝く人に〜』(2019年)を思い出したりしなかった? この2作はヒロインの元カレをラキース・スタンフィールドが演じている点でも共通しているんだけど(笑)。

スー:ね、思った(笑)。彼は今、人気なんだね。

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高橋:ドラマ『アトランタ』(2016年〜)から始まって、去年のオスカーでは『ユダ&ブラック・メシア 裏切りの代償』(2021年)で助演男優賞にノミネートされてる。ラキースは寂しさと妖しさが同居したようなあの目に惹きつけられるんだよな。

スー:ジェシカが忘れられないのもわかるかも(笑)。結局、お互いが元パートナーに未練タラタラだってことがわかり、ジェシカがブーンの、ブーンがジェシカの元パートナーを監視することでふたりの関係性が深まるのはSNSの時代ならではって感じ。

--では、ジェシカの魅力についても聞かせてください。

スー:ジェシカは尊大で自信満々に見えて、本当は不安だらけ。国を問わず、アラサー女性あるあるだよね。冒頭から自己主張が強くて強烈にウザイけど、言いたいことをハッキリ言えるのは素敵だと思いました。可愛らしいなと思ったのが、デーモンが自分と別れたことを後悔して戻ってくるという妄想を、いつもしているところ。失恋から立ち直る癒しのステップとして必要なんだよね。あれ、身に覚えがあるわ。必ず向こうが後悔してて、こちらは強気に出る妄想なんだよ(笑)。

高橋:ジェシカは常に理性的であろうと心掛けて行動している節がうかがえて、そこがすごく好印象だった。でもなによりも、戯曲の不採用通知を部屋の壁一面に貼り付けることで自分を鼓舞しているあたりに彼女の生き様がよく表れているんじゃないかな。ジェシカの演劇に対する情熱にも心打たれるシーンが多かったね。彼女は非営利の子ども劇場で脚本を教えているんだけど、生徒たちへの真摯な指導には何度かグッときてしまったよ(涙)。

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スー:うん、わかる。尊敬するトニー賞受賞歴を持つ劇作家サラ・ジョーンズとの対話もよかったな。彼女に会って舞い上がって気持ち悪い振る舞いをし、そこから生活の不安について尋ね、最後に本質的なところに引き戻される会話の流れが見事だった。

高橋:そういえば前回取り上げた『わたしは最悪。』(2021年)のヒロイン、ユリヤとジェシカは同世代なんだよね。

スー:そうそう! 同世代なのにジェシカの方がとっても大人。それがとてもよかった。子どもに対して大人げない態度をとる時もあるけど、言い訳せずにちゃんと謝るのもジェシカの良いところだよね。相手役のブーンも正直。「正直に勝るものなし!」って思わされる作品でした。

高橋:ジェシカが書いた膨大な戯曲をすべて読み切ったブーンの感想はたったひとこと、「君は恐ろしく複雑だ」。変に取り繕ったりしないんだよね。ホント、なかなか実行できないけど正直がいちばんなんだよな。

スー:終盤、元カレを吹っ切れた! と自覚できる瞬間のジェシカが素敵なのよ。「もう好きじゃないや」っていうのがわかるんだよね。あそこを台詞なしの絵で伝えられるってすごいこと。監督の腕が確かなことの、なによりの証明だわ。

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高橋:派手なわかりやすい表現はないんだけど、感情の機微がすごくよく伝わる。ジェシカがブーンにキスするタイミングは唐突なようでいて、どれもめちゃくちゃ納得がいくんだよ。言葉に出さなくともエモーションの動きがしっかり描けてるということだね。

スー:すごくよくわかる、それ。「なんでここで怒るの?」みたいな突拍子もない行動って、実はラブコメ映画でよくありがちだからね。でもこの作品は、なんてことない日常と軽妙な会話劇の積み重ねで最終的に大きな流れを作ってる。ラストの場面にブーンがいないのもいい。

高橋『ワタシが私を見つけるまで』(2016年)然り、『アイ・フィール・プリティ! 人生最高のハプニング』(2018年)然り、新時代のラブコメはヒロインのソロショットで終わる傾向があるんだけど、その二本のあいだに挟まったこの『天下無敵のジェシカ・ジェームズ』もそう。正直なところ、歴史に残る大傑作ではないかもしれない。でも、ラブコメディが新しいフェーズに入ったことを告げる重要作として語り継いではいきたいね。

スー:うん。新時代のラブコメ映画には「ラブは尊いけど、それがあなたの人生を決める全てではない」というメッセージがあるってことだね。


『天下無敵のジェシカ・ジェームズ』

監督&脚本:ジェームズ・C・ストラウス
出演:ジェシカ・ウィリアムズ、クリス・オダウド、ラキース・スタンフィールド
製作:アメリカ

Netflix映画『天下無敵のジェシカ・ジェームズ』独占配信中

ジェーン・スー

東京生まれ東京育ちの日本人。コラムニスト・ラジオパーソナリティ。老年の父と中年の娘の日常を描いたエッセイ『生きるとか死ぬとか父親とか』がドラマ化。TBSラジオ『生活は踊る』(月~木 11時~13時)オンエア中。

高橋芳朗

東京都出身。音楽ジャーナリスト/ラジオパーソナリティー/選曲家。著書は『ディス・イズ・アメリカ 「トランプ時代」のポップミュージック』『生活が踊る歌』など。出演/選曲はTBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』『アフター6ジャンクション』『金曜ボイスログ』など。

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