歴史と記憶が生んだ民族感情の
摩擦があぶり出した人間の尊厳と赦し

レバノンの首都ベイルートの一角。住宅の補修作業を行っていたパレスチナ人の現場監督ヤーセルと、そこに住むキリスト教徒のレバノン人のトニーは、バルコニーからの水漏れをめぐり諍いを起こす。このときヤーセルが取った悪態がトニーの猛烈な怒りを買い、ヤーセルもまた自身のタブーに触れるトニーの“ある一言”に尊厳を深く傷つけられ、2人の対立はまもなく法廷へ持ち込まれる。やがて両者の弁護士が激烈な論戦を繰り広げるなか、裁判に飛びついたメディアが両陣営の衝突を大々的に報じたことから、巨大な政治問題を引き起こす。水漏れをめぐるささいな口論から始まった小さな事件は、レバノン全土を震撼させる騒乱へと発展していくのだった。

政治や宗教、民族をめぐる複雑な問題を抱え、歴史にも残る度重なる紛争に見舞われたレバノン。そして主人公は、マロン派キリスト教徒のレバノン人のトニーと、スンニ派ムスリムのパレスチナ人難民のヤーセルという、属性として対立関係を持つ2人。それぞれの政治的、歴史的タブーに触れたことで、諍いの行方は緊張感をはらんだ法廷へと移される。さらに、勝利を追求するエリート弁護士の挑発や、視聴者の感情を煽るマスコミ報道がしだいに加速すると、当事者2人を置き去りにして、裁判は民族同士の怒りと憎しみに火を注いでいく。

いまでもなおレバノンの人々をうっすらと、そして確実に覆っている15年続いたレバノン内戦の記憶。その呼び水ともなりえそうな本作は「人間の尊厳への問い」であると、監督を務めたレバノン人のジアド・ドゥエイリは語っている。それぞれが持つ秘密の過去を背景に、2人とも過ちを犯してしまうのだが、政治や民族の問題という大舞台に駆り出されてしまった二人は最後、互いの人生を見つめ合い、1対1の人間として一つの答えに近づいていく。時を同じくして、法廷では判決がついに下される。果たして、2人は並行線のまま赦し赦されないのか、新しい未来を切り開くのか──。去年の第74回ベネチア国際映画祭や今年の第90回アカデミー賞で話題を集めた驚きと感動に満ちた物語を、劇場でしっかりと見届けてほしい。


『判決、ふたつの希望』

監督・脚本:ジアド・ドゥエイリ
出演:アデル・カラム、カメル・エル=バシャ
2018年8月31日よりTOHOシネマズ シャンテほか全国順次公開
© 2017 TESSALIT PRODUCTIONS – ROUGE INTERNATIONAL – EZEKIEL FILMS – SCOPE PICTURES – DOURI FILMS

『判決、ふたつの希望』公式サイト

Text:Hisamoto Chikaraishi