2022.04.25

ジェニファー・ロペスの最新ラブコメはすべてにおいて「ちょうどいい」【ジェーン・スー&高橋芳朗 ラブコメ映画講座 #52】

ジェニファー・ロペス&オーウェン・ウィルソン主演のラブコメ最新作『マリー・ミー』。「ベタでオーソドックスだけど新しい」と語るふたりの見解はいかに?

マリー・ミー

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--劇場公開中の最新作『マリー・ミー』(2022年)です。主演のジェニファー・ロペスが最近婚約しましたね! 高橋芳朗(以下、高橋):絶妙なタイミングでの日本公開になりました。では、まずはあらすじから。「世界的歌姫のキャット(ジェニファー・ロペス)は、新曲『マリー・ミー』を携え、大観衆の前で音楽界の超新星バスティアン(マルーマ)と華々しく結婚式を挙げる予定だった。しかしショーの直前、バスティアンの浮気がスクープされる。失意のままステージに登場した彼女は、観客の中からひとりの男を指名、なんと突然プロポーズするという驚きの行動に出た。その新たなお相手は、平凡な数学教師チャーリー(オーウェン・ウィルソン)とあって、前代未聞のギャップ婚に取り巻きのスタッフやマスコミ、ファンは大混乱! ふたりはこれからどうなる!?」というお話ですね。 ジェーン・スー(以下、スー):いやあ、久々に「新作・王道・アップデート済」の3点セットがきたわよ。ご都合主義も含めて、かなり好きなタイプの作品だね。「懐かしの作風の新作」という感じがした。ヨシくんはどうだった? 高橋:ジェニファー・ロペス主演のラブコメ映画では歴代ベストなんじゃないかな? 彼女自身の恋愛遍歴と重なるような、まさに虚実皮膜を地で行く設定がおもしろかった。さっきも話したけど、このタイミングでベン・アフレックと婚約のニュースが飛び込んできて。 スー:ね! しかも20年ぶり2度目。この婚約もプロモーションの一環かと思ってしまうよ(笑)。劇中でも、キャットが何度結婚をしたことがあるかという質問に対する答えとか、随所でリアルなジェニファー・ロペスを意識させるセリフがあるのよね。フィクションと現実が微妙に入り混じってて、ドキッとした。
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高橋:彼女のインタビューによると、どうもそのあたりは意識的に取り組んでいるみたいだね。スーさんご指摘の「懐かしの作風の新作」もまったく同感。「世界的セレブの女性と平凡な市井の男との恋」ということでは、どうしたって『ノッティングヒルの恋人』(1999年)を連想する。「期間限定の恋人契約」から始まるお話も、ラブコメでは何度も繰り返されてきた定番プロットでしょ。 スー:それが本当の恋になっちゃうっていういつものアレね。 高橋:そうそう。シングルファーザー/マザー設定もここ10年で増えてきた気がしない? その子どもが親の恋愛を積極的に後押しするパターンも「あるある」だよね。そんなわけで、パッケージ自体はものすごくスタンダードなラブコメと言っていいと思う。最後に周辺キャラクターが強引に結ばれていくお約束展開もあるし。 スー:そうそう、久しぶりにこういう作品が来た! とうれしくなったよ。 高橋:ただ、スタンダードなラブコメといってもよくあるエクストリームなギャグは皆無。ラブシーンの描写も控えめだよね。エンターテインメント業界を舞台にしているから絵面は派手だけど、案外落ち着いたラブコメだった。 スー:うん。その“ないこと”がアップデートのひとつになるというのが、今回の大発見。余計なことをしない、ということね。エンターテイメントでは、ずっとインビジブルだった人たちを正しく描くことが大切という新しい価値観があったけれど、そのほかのアップデートのやり方があったなんて思いつきもしなかったよ。あとさ、『ノッティングヒルの恋人』は好きだけど、いま観るとジュリア・ロバーツ演じるアナはややウザい感じがするのよ。というのも、女の突拍子もない我がままでしか物語を推進できなかった時代というのが確実に、しかも結構最近まであったから。でも、こっちのキャットは一貫して主体性もあり、勇ましくも傷つく心もありで、今の時代にフィットしていると思った。かなりのご都合主義というか、細部は「ありえないでしょ!」の連続なんだけど、そこには「ラブコメはこうでなくちゃ!」とウキウキさせられたの。
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高橋:その『ノッティングヒルの恋人』同様、この映画も記者会見のシーンがひとつのキーになっていて。チャーリーが一介の数学教師とは思えないマスコミ対応力を発揮するんだよね。 スー:そうなのよ! 表に出てくるのが嫌いなくせに、あの場面では堂々としてるんだよね。とは言え、あんな姿を見せられたら惚れますね。キャットを不躾な人たちから守ろうという心意気は最初から最後まで一貫しているし。 高橋:あの記者会見を契機にキャットがチャーリーに惹かれていくのは納得できるよね。そういう互いの心情の変遷は割と丁寧に描かれていると思った。 スー:うんうん。「なんで(キャットは)この男のことが好きなの??」ってならずに済んだよね。ラブコメ映画は雑につくるとそこでつまずくから。 高橋:出会いのきっかけが破天荒だからこそ、以降の描き方が自ずと丁寧になっていくのかもね。 スー:チャーリーの娘もいい味だしてたよ。お父さんが自分を子ども扱いするのが気に入らないのね(笑)。身に覚えがあるわ。 高橋:独立心の高い女の子なんだよね。チャーリーが娘の話をしているとき、キャットが「私なんか地球上で一番独立しているわ」と豪語していたのが最高。キャットからジェニファー・ロペスの本音が漏れ出てくるような瞬間が結構ある(笑)。 スー:あのシーンはよかったね! キャットとチャーリーのふたりは、自分ひとりで自分の身の回りのことをやるということも、SNSに対するお互いの見解の違いも、ケンカになったり対立したりするんではなく、とりあえず相手の提案を試してみるという方法を採るの。その姿勢が大人で素敵だと思った。
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高橋:確かに、変な揉め方は一切なかった。キャットのグラミー賞ノミネートに端を発するお互いのすれ違いも、それぞれの主張自体は納得のいくものだったし。互いを尊重し合う理想的な関係性だね。さっきスーさんが言っていた通り、こういうアップデートの仕方もあるんだって感心したよ。 スー:そうね。アップデート感が新しいし、自然で受け止めやすいのよね。 高橋:それでいてスタンダード感もしっかり維持しているのが素晴らしい。あと映画の大きな見どころのひとつになっているのが、主題歌の「Marry Me」をはじめとするジェニファー・ロペスの書き下ろしの新曲の数々と、それをキャットとして演じる本格的なライブパフォーマンスシーン。この迫力はぜひ映画館で体感していただきたい! スー:ね! ライブシーンはかなりよかったよ。でも、基本的に大人数でやる想定のところが何でも小規模っていうのはあった。コロナ禍での撮影だったんだろうな。 高橋:あと浮気した元カレのバスティアンを露骨に悪者扱いしたり、滑稽な存在に貶めるようなことがなかったのも印象的で。このへんはジェニファー・ロペス自身の恋愛遍歴を踏まえての対応なのかも。 スー:それはあるかもね。キャットの役柄上、キャットがジェニファー・ロペスそのものの印象になっちゃうもんね。一方で、キャットがバスティアンの本名「セバスティアン」って呼んだことでチャーリーが嫉妬し、揉めるってシーンはすごくすごく好きです。平和主義で欲がなさそうな大人の男がする幼稚な嫉妬って最高。チャーリーがキャットのことを本気で好きになっちゃったってことが伝わってくる。幼稚な嫉妬がいい。 高橋:かわいいよねー。終盤、キャットが空港に駆け込んでからのくだりも純ラブコメマナーで楽しかったな。 スー:なんでもお金で解決しようとするのがキャットよね(笑)! なんというかさ、この作品はすべてが「ちょうどいい」んだよね。
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高橋:それだ! 突出したなにかはないかもしれないけど、かといって退屈なシーンがほとんどない。チャーリーが勤める学校にキャットがサプライズでやってきて数学クラブの生徒たちとのダンス大会に発展していくシーンだったり、ラブコメならでは多幸感もちゃんと織り込まれてる。またこれがクライマックスに向けての伏線になっていたりするからあなどれないんだよな。 スー:そうなのよ。ああいう無茶があってこそのラブコメ! 高橋:最初と最後でキャットとチャーリーのポジショニングが対になってたりする構成なんかもたまらなくない? スー:わかるぅぅ! 身悶えるね。ここまでベタでオーソドックスなのに、古さはあまり感じさせないからストレスなく観られるのが奇跡。 高橋:本当に、ありそうでなかった不思議なさじ加減だね。公私ともに新しいフェーズに入ったジェニファー・ロペスの現在のテンションが反映されているのかも。 スー:ジェニファー・ロペスは50歳過ぎているけど、「もうおばさんだから」みたいな自虐描写がひとつもなくて、それも最高だった! 高橋:なるほど、キャットの「変わりたければ違うことをしないと!」というセリフが余計にグッとくるな。で、最後にひとつ触れておきたいことがあるんだけど、なんと6月にジェニファー・ロペス主演のラブコメ映画がもう一本公開されるんだよね。今回に引き続きプロデューサー兼主演、しかもタイトルが『Shotgun Wedding』。 スー:え! また結婚するの!? ジェニファー・ロペスは結婚が大好きなんだな…。J.Loウォッチャーとしてはそれも観なきゃね!

『マリー・ミー』

監督:カット・コイロ
出演:ジェニファー・ロペス、オーウェン・ウィルソン、マル―マ
原作:ボビー・クロスビー「Marry Me」(グラフィックノベル)
©2021 UNIVERSAL STUDIOS. All Rights Reserved.

『マリー・ミー』公式HP

ジェーン・スー

東京生まれ東京育ちの日本人。コラムニスト・ラジオパーソナリティ。老年の父と中年の娘の日常を描いたエッセイ『生きるとか死ぬとか父親とか』がドラマ化。TBSラジオ『生活は踊る』(月~木 11時~13時)オンエア中。

高橋芳朗

東京都出身。音楽ジャーナリスト/ラジオパーソナリティー/選曲家。著書は『ディス・イズ・アメリカ 「トランプ時代」のポップミュージック』『生活が踊る歌』など。出演/選曲はTBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』『アフター6ジャンクション』『金曜ボイスログ』など。

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