トップタレントのマツコと
有吉が失わない“慈しみ”の感性

1週間の仕事を終えた金曜日、帰宅して一息つきながらテレビで眺める「マツコ&有吉 かりそめ天国」がとても心地よい。2017年に「マツコ&有吉 怒り新党」からリニューアルして始まったこの番組。“怒り”から“天国”への180度の方向転換は、見事に時代の流れを先読みしていたように思う。「日常のちょっとした幸せを感じた瞬間ありますか?」「硬いパンっておいしくないですか?」「ゼリーだけが置いてけぼりになってしまってます」「好きな野菜トップ5はなんですか?」…視聴者から寄せられた何気ない投稿をもとにマツコ・デラックスと有吉弘行がまさに“おしゃべり”というような生活にまつわるトークを繰り広げていく。未曽有のパンデミックに襲われた私たちが求めているのは、怒りや毒舌ではなく、日々の営みの確かな感触なのだ。この番組にはそれがある。キー局アナウンサーという華やかな職業ながらも、飾らない等身大の魅力を発揮している久保田直子アナの存在も番組に味を添えている。

マツコと有吉はテレビスターでありながらも庶民の感性を維持し続け、失われゆくものへの慈しみの視線を持ち合わせている。2020年8月放送の「有吉の思い出のアポロパンを探せ」は、そんな二人のバランス感覚と、それを的確に演出するスタッフ陣とがガッチリと嚙み合った傑作企画だ。有吉の幼い頃の思い出のパン「アポロ」はネット上に情報が存在しない幻のパンだった。そこで、「緑色のパッケージ」「半円形で中にはクリーム」「表面はザラメ糖のようなざらつき」…といった手がかりをもとに、ずん飯尾が聞き込み調査を繰り広げる。なんとか製造元の広島ナガイパンに辿り着き、最終的にはフジパンから「スペースアポロ」の商品名で復刻まで成し遂げてしまう。画面上は終始ふざけているにもかかわらず、かつて確かに“あった”はずの営みの記憶を懸命に辿っていく態度には、感動さえ覚えた。

マツコ・デラックスと有吉弘行。ともに現在のテレビ界のトップに君臨するタレントと言っても過言ではないだろう。しかし、その出自はけっしてまぶしいものではなく、どちらかと言えばアンダーグラウンドからクレバーさとシニカルさを武器に這い上がってきた類のタレントだ。そんな二人がトップに上りつめた過程こそが、勢いを失いかけていたテレビ業界が、豪華絢爛だけではない多様な面白さを獲得しながら息を吹き返していく軌跡である、とさえ思う。いつだって“光”は暗闇のほうからやってくるのだ。


「マツコ&有吉 かりそめ天国」
出演:マツコ・デラックス、有吉弘行、久保田直子(テレビ朝日アナウンサー)
テレビ朝日系にて金曜20時から放送中。

出演:マツコ・デラックス、有吉弘行、久保田直子(テレビ朝日アナウンサー) マツコ・デラックスと有吉弘行によるトークバラエティ番組。6年間放送された前番組「マツコ&有吉怒り新党」から2017年にリニューアル。



ヒコ
人気ブログ「青春ゾンビ」で、ドラマ、映画、お笑いなどのポップカルチャーのレビューを執筆。「10代の頃の自分が読んでも嫌な気持ちにならない文章を書く」ことが信条。


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