2021.12.24

『ブリジット・ジョーンズの日記』はなぜ人気があるのか?【ジェーン・スー&高橋芳朗 ラブコメ映画講座 #50 】

女性人気の高いラブコメ作品『ブリジット・ジョーンズの日記』。アラサー独身女性のブリジットのリアルな描写が秀逸だから、永年愛されているのか…? その理由について迫ります。

ブリジット・ジョーンズの日記

--クリスマスを軸に進行していく物語ということで、このタイミングでラブコメの王道作品『ブリジット・ジョーンズの日記』(2001年)を取り上げます。女性からの支持が高い作品ですよね?

ジェーン・スー(以下、スー):婚活女性が観たら、いまだ涙を禁じ得ない傑作ですよ。嘘偽りのない等身大の独身女性を描いて、世界中で大ヒットした作品。それまでのラブコメ映画のヒロインはたいてい、地味でも清潔感にあふれていたし、欲望を口に出したりはしなかった。でも、ブリジットはそうじゃなかったから衝撃だったよ。レネー・ゼルウィガーの演技がリアルすぎて、アラサー女の悲哀に国境はないんだと嬉しくなったわ。ブリジットの情けなさも、欲深さも、一生懸命なところも、ぜんぶ「わかる!」ってなったもの。おへそが隠れるデカパンを穿くところもね。

高橋芳朗(以下、高橋):そんな画期的なヒロイン、ブリジット・ジョーンズのなんたるかを5分に凝縮したオープニングがとにかく圧巻。部屋でひとり寂しく赤ワインをすすりつつ、ラジオから流れてきたエリック・カルメン「All By Myself」(劇中で使われているのはジェイミー・オニールによるカバー)を涙ながらに熱唱するシーンはラブコメ史でも屈指の名場面でしょ。では、まずはあらすじを。「出版社勤務のアラサー独身OLブリジットは新年にひとつの決意をする。それは『日記をつけ、タバコとお酒をひかえめにし、体重を減らして、恋人を見つける』こと。そんな彼女にプレイボーイで上司の編集長ダニエル(ヒュー・グラント)が急接近! そこに幼馴染の弁護士マーク(コリン・ファース)も絡んできて…。恋と仕事に奮闘するブリジットの願いは叶うのか?」というお話ですね。

スー:そういえば、冒頭5分で大泣きしたんですよね?

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--はい…。「もう独りでは嫌なのー!」と、ブリジットが「All By Myself」を熱唱するところで号泣しました。公開当時は20歳そこそこで全くピンときていなかったのですが、20年経った今、ブリジットに近い状況になっていて、現実を受け止めきれないと…。ブリジットのリアルな描写に最初は共感しながら観ていたんですけど、物語が進むにつれて「現実はこんなことは起こらない!」と余計に悲しくなりました。 スー:あははは! たしかに20歳なら笑い事なんですよね。そして、ブリジットはモテモテ。そこだけが現実味がないんだよな。シリーズ3作品とも、こと異性関係に関しては「こんな都合のいいことは起こらない!」が共通点ですね。 高橋:「私の生涯の伴侶はワインボトル。そしてデブ女の孤独な死。3週間後、犬に食われた死体が見つかる。でなきゃ『危険な情事』のグレン・クローズ」というモノローグもただただ強烈だし。ホント、こんなラブコメはそれまで観たことがなかったな。 スー:ブリジットの年齢設定は32歳なんだけど、時代が少し変わったから今のアラフォーくらいの未婚女性にも刺さるんだろうね。で、「ブリジットと私はそっくりなのに、ブリジットはなんでこんなにモテるの…」となる。 高橋:なんにもしていないのに周りのいい男たちが勝手に惚れてくれるからね。ブリジット自体の描写はとことんリアルなのに、お話そのものはまったく現実味がない(笑)。 スー:現実味もないし、あらすじに目新しさはないよね。近頃、映画を二倍速で観る人がいるって聞くけど、この作品だけはそれをやっちゃダメ。なぜなら、音楽がすごくいい役割を果たしているのと、感情を大きく揺さぶってくるのがストーリー展開ではなく、意外と“間”や表情だから。
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高橋:音楽は冒頭の「All By Myself」やブリジットの通勤シーンで流れるプリテンダーズ「Don’t Get Me Wrong」のインパクトも強いけど、全体的にはイギリス人好みなソウルミュージックが印象的。チャカ・カーンの「I’m Every Woman」だったりアレサ・フランクリンの「Respect」だったり、フェミニストアンセムを要所要所に挟み込んでいるのが心憎いね。クライマックスをマーヴィン・ゲイのオリジナルバージョンよりもグッとドラマティックなダイアナ・ロス版の「Ain’t No Mountain High Enough」で盛り上げているのもうまい。そんな音楽の使い方も含めて、人気ドラマシリーズ『アリーmy Love』(1997年〜2002年)の影響を強く感じたな。街の電光掲示板に自分の日記が表示されたりする妄想演出なんかは実にアリー的。ブリジットのキャラクターもアリー(キャリスタ・フロックハート)にインスパイアされているところがあるんじゃないかな? スー:わかる! とにかく主人公がはちゃめちゃなミスを繰り返す愛らしい人というね。アリーはブリジットほどはモテないけど…。 高橋:さっきも言ったように、ブリジットは計3本作られたシリーズを通じて常にモテモテ。2作目の『きれそうなわたしの12か月』(2004年)まではプレイボーイで上司のダニエルと幼馴染で堅物な弁護士のマークが、3作目の『ダメな私の最後のモテ期』(2016年)では引き続きのマークとリッチなIT社長のジャック(パトリック・デンプシー)が彼女をめぐって熾烈なバトルを繰り広げる。 スー:いい男ばっかりなんだよ。改めて観返して、アラサーくらいだとマークみたいな愛情表現の苦手な男を選ぶのは難しいだろうなと思った。だからプレイボーイとはわかっていても、ダニエルに惹かれてしまうのもわかるのよ。だって、ダニエルのほうがインスタントに気分良くしてくれるもの。懐かしいなと思ったのが、アラサーだと相手の仕事や知識量に圧倒されて卑屈になったりもするんだよね。ブリジットも最初の頃はマークに対してそうだったでしょう?  高橋:そのブリジットのモヤモヤは割と強調して描かれていたよね。そんな悩める彼女に寄り添う3人の悪友たちのベタベタしすぎない距離感が観ていてすごく心地よかった。やっぱりラブコメディは友人の存在が物語の重要なキーになってくるからね。ただびっくりしたのは、無鉄砲なイメージがあったその悪友たちも3作目では見事に全員結婚しているという。
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スー:結婚に関する考え方は、クラシックといえばクラシックよね。3作続けて観ることができる今だからこそ、時を経たブリジットの変化と、変わらないところに共感したり反発したりが楽しい。3では40代になったブリジットが、40代ならではのダメさと強さを体現してくれてるし。とにかくブリジットは結婚がしたかったんだなってのも、ここまでくると納得できたわ。3のラストシーンで、とっても気になるところを秘密にしたまま終わったのは粋だなと思った。一方で、2はいまいちじゃなかった? タイのシーンが異様に長いんだけど、まるで映画『セックス・アンド・ザ・シティ2』(2010年)みたい。とにかく「海外の風光明媚なところへ」がテーマで、お話の内容は…。 高橋:これはラブコメに限った話ではないのかもしれないけど、やっぱり「2」は鬼門なんだよ。あの『キューティ・ブロンド』(2001年)だって続編の『キューティ・ブロンド/ハッピーMAX』(2003年)はさんざんだったから。 スー:ところで、永年愛され続ける『ブリジット・ジョーンズの日記』とは何かを考えたんだけど、3作連続で観てみて、「なんやかんや言っても愛し愛されることを最優先したい不器用な女たちを肯定し、その欲求をきっちり満たしてくれる娯楽」だと思った。 高橋:もうずっと「ありのままの君が好きだ」って言われ続けるわけだからね。しかも普通だったら隠れて喫煙し続けていることのツケがなんからのかたちで返ってきたりするものだけど、結局ブリジットはタバコを吸っていることを一度として咎められていないんだよな。
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スー:そのあたりが混在してておもしろい。ブリジットの欲望は「いいセックスがしたい、タバコが吸いたい、お酒も大好き、好きなだけ食べたい、そして大好きな人と結ばれて結婚したい」だもの。自由に生きたいけれど、最終的には旧来型の幸せにハマらないと不安なのよ。3ではタバコも止めてダイエットにも成功してるんだけどね。とは言え、髪は相変わらずぺしゃんこだし、輪郭のたるみに年齢のリアリティをすごく感じたわ。シワもそのままだったし。モテモテ以外はリアリティあるんだよな。 高橋:フフフフフ、そこのさじ加減は最後まで徹底しているという。3作目の『ダメな私の最後のモテ期』は肝心のラブコメ神、リチャード・カーティスが脚本から外れているんだけど、スーさんは割と評価しているんだよね。 スー:個人的には3が一番好き。はちゃめちゃなところは変わらないけど、40代になって自立した女になってたでしょ? コミュニケーション能力の高いジャックを生涯の伴侶に選ばないのは狂気の沙汰だと思ったけどね。マークも素敵だけど、あそこはジャックを選んで欲しかった。かと言って、自分が同じことが出来るかと言われると自信ないけどね…。

『ブリジット・ジョーンズの日記』

監督:シャロン・マグワイア
脚本:リチャード・カーティス、アンドリュー・デイヴィス、ヘレン・フィールディング
出演:レネー・ゼルウィガー、ヒュー・グラント、コリン・ファース、ジム・ブロードベント
公開:2001年9月22日(日本)
製作:イギリス、アメリカ、フランス

Photos:AFLO

ジェーン・スー

東京生まれ東京育ちの日本人。コラムニスト・ラジオパーソナリティ。老年の父と中年の娘の日常を描いたエッセイ『生きるとか死ぬとか父親とか』がドラマ化。TBSラジオ『生活は踊る』(月~木 11時~13時)オンエア中。

高橋芳朗

東京都出身。音楽ジャーナリスト/ラジオパーソナリティー/選曲家。著書は『ディス・イズ・アメリカ 「トランプ時代」のポップミュージック』『生活が踊る歌』など。出演/選曲はTBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』『アフター6ジャンクション』『金曜ボイスログ』など。

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