『1秒先の彼女』


「自分を愛そう、誰も愛してくれないから」


--今回は、新作かつ台湾のラブコメ作品『1秒先の彼女』です。アジアの作品を取り上げるのはこの連載初ですね。

ジェーン・スー(以下、スー):韓国や台湾の作品などアジアものはヨシくんも私も数を観ていないので取り上げてこなかったんですが、これはちょっと紹介したいなと思って。

高橋芳朗(以下、高橋):ツッコミどころもあるけどトータルでは優しくて良い映画だったな。では、まずはあらすじから。「郵便局で働くシャオチー(リー・ペイユー)は、仕事も恋もパッとしないアラサー女子。彼女は何をするにもワンテンポ早く、写真撮影では必ず目をつむってしまう上、映画を観て笑うタイミングもちょっとフライング気味。そんなある日、シャオチーはイケメンダンス講師とバレンタインデーにデートの約束をするものの、朝になって目が覚めるとなぜか一日飛び越えて翌日に。なんと、バレンタインデーの一日がまるごと消えてなくなってしまったのだ。その秘密を握るのは、毎日郵便局にやってくるワンテンポ遅いバス運転手のグアタイ(リウ・グァンティン)らしい。『消えた一日』の謎を探し始めたシャオチーが最終的に見つけたものとは…!?」というお話。

スー:メッセージは「みんな自分のペースで生きていい。誰かが必ずあなたを見ていてくれるから」だよね。「自分を愛する」理由が最初と最後で反転する流れが鮮やかだったわ。生きづらさを抱えた人や、いまちょっと疲れている人に観てもらいたいな。これは好みの分かれるところだけれど、人物キャラクターが一元的にしか描かれていないのも、寓話的で私は好きでした。悪者は悪者、生きづらい人は生きづらい人、明るい人は明るい人、としてのみ描かれている。なぜなら、物語の構造が複雑だから! そうは感じさせないトーンだけどね。

高橋:映画のルックス自体はすごく素朴だし、ちょっとオフビートなところもあるんだけど、一度の鑑賞ですべてを飲み込むのが困難なほどに複雑で奥深い話だった。ヒロインのシャオチーの飾らないたたずまいが映画をとっつきやすくしているぶん、余計に衝撃だったな。

スー:うん。イケメンダンス講師のリウ演じるダンカン・チョウがタイプすぎて、思わずインスタをフォローしてしまったわ。なんと、インスタの写真はもっとカッコよかったのよ。

高橋:そういうキャストの魅力もさることながら、やっぱりこの映画の肝は脚本の斬新さだよね。いったいどこに連れて行かれるのか、途中からまったく先が読めなくなった。

スー:そうそう。「これも伏線だったの!?」と驚きの連続。後半の怒涛の展開ときたら…。よく考えたよ、こんなこと!

高橋:前半で無数の謎が一気にばらまかれて、後半にパズルのピースがひとつひとつはまっていくように回収されていく構成が気持ちいい。同じ時間を別の視点から描いていくタランティーノ的な手法も鮮やかだった。

スー:なるほど、視点を持つ者が変わると物語も変わるというやつね!

 

高橋『アバウト・タイム〜愛おしい時間について〜』(2013年)や『エターナル・サンシャイン』(2004年)を引き合いに出されることも多そうだな。あとはちょっと『アメリ』(2001年)的な要素もあったりして。このあたりの映画からなんとなくの物語のイメージはつかんでもらえるかと。ともあれ、あまり前情報を入れずに観たほうがいいだろうね。そんなわけで、ここから先はネタバレも含んでいるので未見の方はご注意を。

スー:はい。物語は、シャオチー視点とグアタイ視点から描かれる二部構成。観てみないと意味がわからないと思うけれど、「一日が無くなる!」という大事件が起こるんだよね。しかも、大事な大事なバレンタインデーの日が。せっかくのデートがまるごと消えてしまったシャオチーは、必死で謎を探る。随所にフワッとファンタジックな演出が入るんだけど、これがまた私の好みにピッタリで。「あれ? いまのはなに?」ってなるようなシーンがそこかしこに出てきます。ちょっと昔の映画になるけど『ビッグ・フィッシュ』(2003年)を彷彿とさせたわ。あとは『今宵、212号室で』(2019年)とかね。現実とファンタジーの境界線が非常にあいまいなのよ。で、謎解き物語のようでいて、謎解きはあくまで物語の推進力でしかないの。本質的には、普段あまりスポットライトが当たらない人たちにたっぷり時間を割いて、やさしく描いている作品よね。そんなに人生を悲観しなくてもいいよって。

高橋:そう、それぞれの人生や生き方を優しく肯定してくれる映画だよね。「無くした一日」に撮影されたシャオチーの穏やかな表情のポートレートがそもそもなにを見ていたものなのかというね。

※以下、ネタバレを含みます。

スー:過去に撮った写真すべてで目を閉じているシャオチーが、なぜその一枚だけは目を開いて写っていたのかっていうのも鍵よね。キーワードは“早すぎる彼女”と“遅すぎる彼”と“失踪したシャオチーの父親”と”失われた一日”。これらがどう関連しているのかが徐々にわかってくると、胸が熱くなります。唯一どうしても気になるのが、シャオチーをグアタイが連れ回す場面。いい話っぽくなってるけど、あれは怖い。ホラーだよ。あそこが気になって楽しめないという人もいるかもね。

高橋:冒頭で「ツッコミどころもある」とお断りしたのはまさにそれ。そういう指摘が入るのを踏まえてのことなんだろうけど、グアタイは自分の行いについて「このままじゃ変態になる」って劇中で自己申告していたね。それにしても、時間をテーマにした映画は概して一度観ただけじゃ理解できないことが多い。最近では『テネット』(2020年)がそうだったけど、今回も二回目でようやくもろもろ把握できたようなところはある。

スー:そうなのよね。私は二回観た。二回目はブロックごとに分けて観たら理解が増したわ。これだけ複雑に絡み合った話なら、人物像を多面的に描くのなんてノイズにしかならないと改めて思った。これはおとぎ話だもの。絵で見せる表現が、漫画的でもあるのよね。シャオチーの写真の後ろに写り込んでいた流木のようなものがなんだったのかわかったときの高まり!! からの、物語の冒頭に出てくる“お父さんが買って帰ってくるはずだった豆花”の回収!!

高橋:ねー! あそこは泣き崩れる!

スー:お父さんのことなんかすっかり忘れた頃に、いきなり物語の鍵を握る人物として再登場してくるからね。お父さんの性的指向についても少しこちらに考えさせる場面があったな。真相はわからないけれど。

高橋:お父さんが不意に現れるシーンは見せ方もタイミングも絶妙だった。対するお母さんの明るさもまたいいんだよね。決して出番が多いわけではないんだけど、この映画の「優しさ」を語る上で彼女の存在は欠かせないと思う。

スー:シャオチーが「もしかして!」と謎に気づくきっかけになるのがグアタイのひどい日焼けというのも好き。ふたりが同じ時間を過ごしたってことを台詞なしで雄弁に語ってる。シャオチーは真面目でやさしい子。すごくステレオタイプに描かれてはいるけどね。恋人がいないことを気に病んでいるアラサーという設定がまた…。可愛い後輩ウェン(ヘイ・ジャアジャア)、先輩のオールドミス、その間にいるのがシャオチーというわかりやすい描写。そこに都合の良すぎるイケメンが出てきて…。

高橋:実は詐欺師というね。彼が醸す怪しさやいかがわしさにしても描き方はめちゃくちゃ紋切り型で。

スー:そして、謎の暗い男グアタイ。シャオチーが私書箱の存在にたどり着いたとき、「あー、私のことを見てくれた人がいたんだ」と感激していたけど、あそこも好みが分かれそう(笑)。「気持ち悪い」と思う人もいるかもしれないけど、私は好きです。

高橋:同じく。きっと誰かがあなたのことを見てくれている、ということだよね。シャオチーのSNSの投稿に同じアカウントが必ず「いいね!」をつけていくのはそのメタファー。奇を衒った演出に一瞬惑わされるけど、ラジオパーソナリティーやヤモリの存在も同じことなんじゃないかな。

スー:自分はひとりぼっちだと思っていたけれど、ちゃんと誰かに見守られていたというメッセージでもある。グアタイも、まったく知らない人だったら怖いけど、実は子ども時代に一緒に苦難を乗り越えてきた相手だったから。子どもの頃のシャオチーとグアタイのシーンも必見です。


「自分を愛そう、誰かが愛してくれているから」


高橋:最初は「自分を愛そう、誰も愛してくれないから」と信じて生きていたシャオチーが、最後には「自分を愛そう、誰かが愛してくれているから」と考えを改めるのは本当に感動的。それに呼応するような前半のラジオパーソナリティーのメッセージ「人生とはたくさんの記憶のパズル。恋が記憶を創造するんだ。お互い相手の記憶に刻まれていたら最高だね。でも君の大切な記憶は相手にとって無意味かも。それが人生だね」も素晴らしいね。

スー:見逃してた! もう一回見直すわ! これはDVD買わなきゃ案件だね。でも、一回目は映画館で観て欲しい!

高橋:この映画は二回目こそが本番かもしれないな(笑)。映画のど頭から「ずれた人生の歌」としてエンドロールで流れるビー・ジーズの「I Started a Joke」まで、ぜひともディテールまで深掘りしていただきたい!


『1秒先の彼女』

監督・脚本:チェン・ユーシュン(『熱帯魚』『ラブ ゴーゴー』)
出演:リウ・グァンティン、リー・ペイユー、ダンカン・チョウ、ヘイ・ジャアジャア
©MandarinVision Co, Ltd
2021年6月25日(金)より、新宿ピカデリーほか全国ロードショー

『1秒先の彼女』公式HP

ジェーン・スー

東京生まれ東京育ちの日本人。コラムニスト・ラジオパーソナリティ。老年の父と中年の娘の日常を描いたエッセイ『生きるとか死ぬとか父親とか』がドラマ化(テレビ東京 金曜日0:12~)TBSラジオ『生活は踊る』(月~木 11時~13時)オンエア中。

高橋芳朗

東京都出身。音楽ジャーナリスト/ラジオパーソナリティー/選曲家。著書は『ディス・イズ・アメリカ 「トランプ時代」のポップミュージック』『生活が踊る歌』など。出演/選曲はTBSラジオ『ジェーン・スー 生活は踊る』『アフター6ジャンクション』『金曜ボイスログ』など。

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