2021.02.13

バレンタインデーに開催されるハリウッドスターたちの「かくし芸大会」!?【ジェーン・スー&高橋芳朗 ラブコメ映画講座#41】

ジュリア・ロバーツ、アン・ハサウェイ、アシュトン・カッチャー…と、数え出したらキリがないほど多くの有名俳優が勢揃いしたラブコメ群像劇『バレンタインデー』。だが、“物語として残念”らしい…。そう語るふたりの見解とは?

『バレンタインデー』

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--もうすぐ2月14日ということで、今回は『バレンタインデー』(2010年)を取り上げます。いかがでした? ジェーン・スー(以下、スー):いきなり本筋から逸れるけど、2月14日が“恋人同士の日”としてこれほど重要視されているの、シングルの人にとってはなかなかつらいだろうなと思いました。日本は「チョコレートをあげるか、あげないか、もらえるか、もらえないかの日」。アメリカは「愛し合う人がいるか否かの日」。これは残酷! 高橋芳朗(以下、高橋):1980〜1990年代の日本におけるクリスマスファシズムに似たムードなのかな? 劇中にはアンチバレンタインで結託するカップルも登場するぐらいだからかなりの圧があるんだろうね。では、映画の概要の紹介から。物語の舞台は2月14日のロサンゼルス。同棲中のモーリー(ジェシカ・アルバ)に早朝プロポーズをしたフラワーショップの経営者リード(アシュトン・カッチャー)、親友のリードのアドバイスで恋人のハリソン(パトリック・デンプシー)の出張先に押しかけようと思案している小学校教師のジュリア(ジェニファー・ガーナー)、初めて一夜をともにしたばかりのジェイソン(トファー・グレイス)とリズ(アン・ハサウェイ)など、10組のカップルのバレンタインデーをアンサンブル形式で見せていく群像劇になってる。 スー:先に言っておきますが、私は「満足した」とは言い難かったな。以前、この連載で取り上げたラブコメ群像劇の金字塔ともいえる『ラブ・アクチュアリー』(2003年)をハリウッドでもやろうとしたんだろうね。最初と最後を俯瞰視点のナレーションで挟んでいる構成なんかも、まさにそれだし。監督は『プリティ・ウーマン』(1990年)を撮ったゲイリー・マーシャルなんだけど、『バレンタインデー』の後に同じような群像劇の『ニューイヤーズ・イブ』(2011年)を撮っていて、よほど『ラブ・アクチュアリー』がやりたかったんだろうな(笑)。
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高橋:ハリウッドのラブコメの巨匠がイギリス製作のラブコメにインスパイアされた作品を立て続けに二本も撮っているのが興味深いけど、それはやっぱりいかに『ラブ・アクチュアリー』がエポックなラブコメ映画だったということだよね。ゲイリー・マーシャルがこの映画にかける気概のほどは彼が見出した二大女優、『プリティ・ウーマン』のジュリア・ロバーツと『プリティ・プリンセス』(2001年)のアン・ハサウェイの揃い踏みが実現しているあたりからもうかがえるんじゃないかな。もっとも、ふたりが直接からむシーンは皆無なんだけどさ。 スー:ほんっとに出てる俳優は豪華絢爛なのよ! 他にも、ジェシカ・アルバ、アシュトン・カッチャー、ジェシカ・ビール、ジェイミー・フォックス、ブラッドリー・クーパー、エマ・ロバーツって、有名どころのオンパレード。あと、テイラー・スウィフトも出てたね。 高橋:サウンドトラックにも楽曲提供しているテイラーは、この2010年の1月に開催された第52回グラミー賞で最優秀アルバム賞を含む4部門を受賞してる。名実共にスーパースターの座を決定づけたタイミングでの映画初出演だったわけだね。ちなみにテイラー演じる天然女子高生のフェリシアが手の甲に書いていた数字の「13」は実際に彼女が大切にしているラッキーナンバー。このへんの遊び心はゲイリー・マーシャルの本領発揮といったところ。遊び心ということではエンドロールのNG集も必見だね。『プリティ・ウーマン』にちなんだジュリア・ロバーツのサービスカットもあったりする。 スー:あそこは見逃さないで欲しい! 最後まで必ず観てね。ほかにも、シャーリー・マクレーン演じるエステルが夫と野外映画場で観る映画は、実際に彼女が若い頃に主演した『Hot Spell(原題)』(1958年)だったり、ジュリア・ロバーツの姪っ子女優が出てたり、各俳優のセリフに過去の出演作を匂わせるものがあったりね。コネタには事欠かない。
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高橋:音楽からみの小ネタをひとつ挟んでおくと、さっきスーさんが触れていた狂言回し的な役割を果たすラジオDJ、あの声の主はカーペンターズなどの楽曲提供で知られるシンガーソングライターのポール・ウィリアムズ。彼は『プリティ・プリンセス2/ロイヤル・ウェディング』(2004年)にもチョイ役で出演していたね。 スー:『バレンタインデー』の翌年に公開された『ニューイヤーズ・イブ』もさ、主役級の人たちがバンバン出てたよね。ロバート・デ・ニーロ、ヒラリー・スワンク、ザック・エフロン、ミシェル・ファイファー、ハル・ベリー、サラ・ジェシカ・パーカー、ジョン・ボン・ジョヴィ、キャサリン・ハイグル…。お腹いっぱい。 --こんなところにこの人が…! って、役者陣を見つけるのは楽しかったです。 高橋:『ニューイヤーズ・イブ』、ハル・ベリーの旦那役でラッパーのコモンが唐突に出てきて思わず笑っちゃったよ。彼をはじめ、一部のキャストに関しては正直出オチ感があるのは否めない(笑)。 スー:あはは! 『ニューイヤーズ・イブ』はハル・ベリーの同僚役としてアリッサ・ミラノも出てきたよね。でもなんかさ…、『バレンタインデー』も『ニューイヤーズ・イブ』も、芸能人かくし芸大会のドラマを観ているようだったよ。物語じゃなくて、誰がどこに出てるかばっかり気になっちゃう。 高橋:まったく同じこと考えてたよ。人気タレントを大勢出すことが目的化しちゃってるんだよね。 スー:有名人だらけだからだと思うんだけど、人間味を感じさせるようなエピソードが極端に少ない気がした。何人出てるかで積み重ねてるというか。『ラブ・アクチュアリー』のヒュー・グラントのように「この役はこの人でなきゃ!」という必然性が感じられないよね。なんかバランスが極端に整えられているというか、各俳優のマネージメントが台本を見ながら「うちのをもっと出せ」ってせめぎあったんだろうな…とすら思ってしまうよ。
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高橋:きっと撮影時間の制約も厳しかったんだろうな。実際、各キャラクターの心情や人間性を掘り下げることよりも誰が誰とつながるかをミスリードさせることに注力しているようなところがあって。 スー:それぞれの役が輝くためだけに、物語があるような印象ね。あとさ、『バレンタインデー』には、人生がうまくいってない人がひとりも出てこないのよ。人生うまくいってない人が再び愛を信じられるようになるのが『ラブ・アクチュアリー』じゃない? 加えて同作にはサブテーマとして「乗り越え」がある。首相と秘書という立場の違い、過去に売れたミュージシャンという昔の成功、イギリス人とポルトガル人の言葉の壁とか。けど、この2作には「乗り越え」がない。愛の物語のはずなのに、愛でなにも乗り越えてない。だからちょっと味気ないんだよなぁ。 高橋:クリスマスにしろバレンタインデーにしろ社会が半ば強制的にハッピーなモードにシフトしていくときは人生がうまくいっている人とそうじゃない人、その光と影のコントラストが普段よりも一層強くなるでしょ。『ラブ・アクチュアリー』には、そんな「影」の部分に対する優しい眼差しがあるんだよね。あと『ラブ・アクチュアリー』はクリスマスの数週間前から始まる設定だからクライマックスのクリスマスに向かって集約されていく登場人物の心の動きを描きやすかったと思うんだけど、この『バレンタインデー』と『ニューイヤーズ・イブ』は当日一日で完結するお話なんだよね。そんななかであれだけのカップルをさばいていくとなるとどうしたって粗雑なところが出てきてしまうよ。 スー:話が遅々として進まない印象はそこにあるのか! ドラマの『24』みたいだしね(笑)。だから、いいセリフも全くピンとこないのかも。 高橋:そう、いいセリフがないわけじゃないんだけどいまいち物語のなかで輝いてこないんだよ。 スー:唐突に「いいセリフ」がでてくるんだよね(笑)。正直、『ラブ・アクチュアリー』と同じプロットに有名俳優をはめただけという感じはする。だから、愛を描いているようで描けていないのよ。正直になったり素直になったり、『ラブ・アクチュアリー』はみんなが「愛」に向かって進んでるんだけど…この2作はみんなが何を希求しているのかがわからない。
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高橋:『ラブ・アクチュアリー』はあれだけの複雑な人間関係を交通整理しながらも、各エピソードのエモーションがクリスマスに向けて一直線に集束していくからクライマックスの高揚感がハンパない。これについては『バレンタインデー』と『ニューイヤーズ・イブ』がどうこうというよりも、ラブコメ版『マグノリア』(1999年)と称された『ラブ・アクチュアリー』の偉大さを讃えるべきなのかもしれない(笑)。 スー:海外サイトで面白いトリビアを見つけたんだけど、『バレンタインデー』のジュリア・ロバーツは、1ワードで100万円超えのギャランティだったという噂もあって。251語あるから、3億超えだったとか。それに加えて興行収入の3%の契約だったらしいから…。すごい(笑)。 高橋:ジュリア・ロバーツ、確かに言われてみればめちゃくちゃセリフ少ないもんね(笑)。 スー:だからってわけじゃないんだろうけど、なんか食い足りないんだよなぁ。『バレンタインデー』も『ニューイヤーズ・イブ』も。みんなでわいわい観ると楽しい映画かもね。で、個人的には、群像劇こそ著名な俳優だけでは作らない方がいいような気がしました。 高橋:うん。繰り返しになるようだけど、今回は結果的に『ラブ・アクチュアリー』の凄さを改めて思い知らされたような。 スー:とはいえ、『バレンタインデー』の興行収入は約230億円、『ニューイヤーズ・イブ』は約148億円でどっちも大ヒットしてるのよ! ともに、公開初登場で1位を獲得しているしね。映画会社としても、ゲイリー・マーシャルとしても万々歳でしょう。映画って出演者の知名度で観られる率が変わるものなんだなって、改めて実感したよ。 高橋:ちなみにゲイリー・マーシャルは2016年に『バレンタインデー』と『ニューイヤーズ・イブ』に続くイベント物三部作の完結編、『マザース・デイ』を撮っているので興味のある方はぜひ。

『バレンタインデー』

監督:ゲイリー・マーシャル
出演:アシュトン・カッチャー、ジュリア・ロバーツ、アン・ハサウェイ、ジェニファー・ガーナー、ブラッドリー・クーパー、ジェシカ・アルバ、テイラー・スウィフト
公開:2010年2月12日(日本)
製作:アメリカ

Photos:AFLO

ジェーン・スー

東京生まれ東京育ちの日本人。コラムニスト・ラジオパーソナリティ。近著に『これでもいいのだ』(中央公論新社)『揉まれて、ゆるんで、癒されて 今夜もカネで解決だ』(朝日新聞出版)。TBSラジオ『生活は踊る』(月~金 11時~13時)オンエア中。

高橋芳朗

東京都港区出身。音楽ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ、選曲家。「ジェーン・スー 生活は踊る」の選曲・音楽コラム担当。マイケル・ジャクソンから星野源まで数々のライナーノーツを手掛ける。近著に「生活が踊る歌」(駒草出版)。

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