『43年後のアイ・ラヴ・ユー』

ーー現在劇場公開中の『43年後のアイ・ラヴ・ユー』、今回も前回同様のシニア世代の作品です。

高橋芳朗(以下、高橋):ではさっそくあらすじから。「妻を亡くした70歳のクロード(ブルース・ダーン)は、ロサンゼルス郊外にひとりで住む元演劇評論家。近所に住む親友のシェーン(ブライアン・コックス)と隠居生活を謳歌していた彼は、ある日昔の恋人で人気女優のリリィ(カロリーヌ・シロル)がアルツハイマーを患って施設に入ったことを知る。もう一度彼女に会いたいと思い立ったクロードは、なんとアルツハイマーのフリをしてリリィと同じ施設に入居するという“嘘”を実行する。シェーンの協力のもとクロードは念願叶ってリリィとの再会を果たすことになるが、彼女の記憶からクロードは完全に消し去られていた。それでもめげないクロードは毎日リリィに過去の二人の想い出を語りかけるのだが…」というお話。邦題はラブコメ的だけど、どちらかというとヒューマンドラマ寄りの映画になるのかな?

ジェーン・スー(以下、スー):うん、コメディ要素はピリリと小粒に3割って感じだったね。とはいえ、この作品の見どころはクロード演じるブルース・ダーンの演技力!! 彼の表情ひとつで画面がもった場面がいくつもあったよね。

高橋:ブルース・ダーンの演技を堪能する映画、というのは完全同意。でも対するヒロイン役のカロリーヌ・シロルの存在感もすごい。往年の大女優然とした彼女の浮世離れした佇まいが物語にちょっとしたファンタジー性をもたらしているようなところがあって。それがこの映画の魅力に寄与しているものは結構大きいんじゃないかな。

スー:ね。役柄上、彼女はほとんどニコニコしているだけなのに、口角のうごきひとつ、目の輝きひとつが雄弁に心情を語るのよね。花柄のドレスも素敵だったしね。 

高橋:まあでもブルース・ダーンに尽きるんだけどね。ちょっと役柄的に通じるところがあるけど、オスカーとゴールデングローブで主演男優賞にノミネートされた映画『ネブラスカ ふたつの心をつなぐ旅』(2013年)に迫る好演だと思うな。

スー:「若々しい」からではなく、80歳を過ぎていることが歴然とした風情なのに色気と茶目っ気がすごい。「物わかりがいい」とか「思慮深い」とか、はたまた「底意地が悪い」とか「寂しい」なんていう、ステレオタイプ老人を演じていないのも素敵。が、とにかくワルなんだよね。嘘つくことにまるで躊躇ないし。そこが魅力的で、危うく恋に落ちそうだったわ。孫娘のタニア(セレナ・ケネディ)とタッグを組んでリリィにアピールするシーンも最高だし。

高橋:フフフフフ、クロードは老人ホームにお酒まで持ちこんじゃうからね。先がまったく読めない彼の行動を見ているだけで楽しくなってくるところはある。

スー:昔の恋を諦めきれずに思い出に浸る人はたくさんいるだろうけど、クロードは躊躇なく行動に移すのよ。自分の欲望に素直なのよね。一方、クロードの娘セルマ(シエンナ・ギロリー)はかなり問題のある夫との結婚を漫然と続けていて、お父さんとは大違い。

高橋:セルマの夫、つまりクロードの義理の息子はカリフォルニア州副知事のエリートなんだけど、買春スキャンダルが露呈して夫/父親としての権威が失墜する。でもいちいち胸糞な振る舞いをして強烈な不快感を残していくわりに彼の言動が糾弾されないのは、単にクロードとのわかりやすい対比として置かれているだけの存在だからなんだろうね。セルマ夫を深追いしないことには若干のフラストレーションが残るものの、メッセージをシャープに伝えるという意味では正解だったんだと思う。

スー:進行がバタバタしていないのと、全体の尺が一時間半くらいでスッと収まっているのが好感度高い。ここ5年で新しい女性像や新しい男性像が描かれるようになってきたけど、シニアもそうだよね。前回紹介した『また、あなたとブッククラブで』(2018年)同様、シニア層もまた、それぞれが人間であるところが描かれているのがいい。

高橋:そう、作り手の温かい眼差しはクロードやリリィだけでなく彼らを取り巻く老人ホームの面々にも向けられていて。ここ最近はこの連載でも意識的にシニア物を取り上げているけど、まさか老人ホームを舞台にした恋愛映画が出てこようとはね。ラブコメディの未来と多様性を考える意味でも良いサンプルになるんじゃないかな。

スー:でもね、ちょっと思ったの。同じ話を中年の設定でやったら生々しくなるのは必須。つまり、我々にもまだ何かしらのきれいごとを、シニアに背負わせようとしているのかもしれないって。老人ホームの描写が多いから、家族にアルツハイマーの人がいる場合には、思い出してつらくなる部分もあるかも…という注意喚起はしつつ、やっぱりシニア層の新しい物語はこれからもどんどん観てみたいなって。リリィが女優時代に演じた役柄に引っ掛けたエピソードがいくつもあったけど、あれは…。

高橋:一度鑑賞したあとに調べてみたんだけど、クロードが演劇評論家という設定もあってシェイクスピアの引用が多いみたいね。たとえば、たびたび登場する「星の燃ゆるを疑えども・・・我が愛を疑うなかれ」というフレーズは『ハムレット』のオフィーリアのセリフ。あとクロードとリリィの関係性は『冬物語』のシチリア王レオンティーズと彼の妻ハーマイオニーにインスパイアされているんじゃないかな。『冬物語』に関しては大まかなストーリーだけでも頭に入れておくとより映画を楽しめると思う。

スー:なるほど、そういうことだったのね。

高橋:あと、若きクロードとリリィがニューヨークのジャズクラブで一緒に聴いたというガーシュウィン作のスタンダード「Embraceable You」の使い方もめちゃくちゃ洒落てた。これは「私を抱きしめて 愛しい人 私を抱いて かけがえのない人 一目見ただけで 私の心は酔いしれてしまった あなただけが 私を自由にさせてくれる」という歌なんだけど、この曲をめぐるふたりの顛末はちょっと『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年)における「It’s Been a Long, Long Time」を彷彿させるものがあるね。

スー:くぅー! ちりばめてくるねぇ。意外と教養が必要だったんだわこれ。ところで、以前に紹介した『50回目のファースト・キス』(2004年)もそうだったけど、こっち(女性)は何もしていないのに、男がめげずに女をひたすら求め続ける話って好まれるのねえ。ラブコメ映画のメイン視聴者層と思しき女の潜在的な欲求なのかな。

ーーそうですね。私も忘れられない恋人がいるので、いつかクロードのように愛を伝えてもらえたらいいなと思いながら観てました。こちらは何も覚えていないにも関わらず、自分のことを心配して追いかけてきてくれるんですよ!? 実らなかった恋だからこそ、美化されているところはあるかと思いますが、身内にまで嘘をついて追いかけてきてくれるほどの大きな愛を示されたら…すっごく嬉しいです!

スー:担当編集者であるY本さんが、ここまで熱くなるのって珍しいね。気持ちはわからなくもないよ。だって、こっちがボーッと生きてるだけで愛されまくるってことでしょ? そりゃ理想的だ! ヨシくん、ところで最後のオチはどう思った? 長く生きたことで、他者への尊重がいかに必要かを身をもって学んだシニアだからこそ、最後にああいうオファーがクロードにきたんだろうけど…。

高橋:あの年齢、あの境地にたどり着いたからこそのあのオファーなんだろうね。このエンディングに関しては年齢を重ねるごとに受け止め方が変わってくるんじゃないかな。これはぜひとも人生の先輩方のご意見もうかがってみたい!

スー:絶賛公開中なので、ぜひ観に行って欲しい!


『43年後のアイ・ラヴ・ユー』

監督・脚本:マーティン・ロセテ
出演:ブルース・ダーン、カロリーヌ・シロル、ブライアン・コックス
製作:アメリカ
©2019 CREATE ENTERTAINMENT, LAZONA, KAMEL FILMS, TORNADO FILMS AIE, FCOMME FILM . All rights reserved.
2021年1月15日(金)より、新宿ピカデリー、角川シネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国順次公開中

『43年後のアイ・ラヴ・ユー』公式HP

ジェーン・スー

東京生まれ東京育ちの日本人。コラムニスト・ラジオパーソナリティ。近著に『これでもいいのだ』(中央公論新社)『揉まれて、ゆるんで、癒されて 今夜もカネで解決だ』(朝日新聞出版)。TBSラジオ『生活は踊る』(月~金 11時~13時)オンエア中。

高橋芳朗

東京都港区出身。音楽ジャーナリスト、ラジオパーソナリティ、選曲家。「ジェーン・スー 生活は踊る」の選曲・音楽コラム担当。マイケル・ジャクソンから星野源まで数々のライナーノーツを手掛ける。近著に「生活が踊る歌」(駒草出版)。

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